書籍情報
- 出版社
- 文藝春秋
- 発売日
- 2017-07-28
- ページ数
- 96ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 12.6 x 1.3 x 19.5 cm
- ISBN-13
- 9784163907284
- ISBN-10
- 4163907289
- 価格
- 1340 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
第157回芥川賞受賞作。 大きな崩壊を前に、目に映るものは何か。 北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の地で、 ただひとり心を許したのが、同僚の日浅だった。 ともに釣りをした日々に募る追憶と寂しさ。 いつしか疎遠になった男のもう一つの顔に、 「あの日」以後、触れることになるのだが……。 樹々と川の彩りの中に、崩壊の予兆と人知れぬ思いを繊細に描き出す。
1978年北海道生まれ。西南学院大学卒業後、福岡市で塾講師を務める。 現在、岩手県盛岡市在住。本作で第122回文學界新人賞受賞しデビュー。
レビュー
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良いお品でした。
早急に送っていただき、良いお品でした。
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いささか、期待外れ。
芥川賞作品、私には、期待外れでした。少し読みづらい話しでした。本自体は綺麗で、早くに届き、出品者の対応は良かったです。
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難しい作品でした
先日、芥川賞を受賞作した本書を読みました。かつて仕事をしていた盛岡が舞台ということで手に取った作品です。小説のオープニングから展開する自然の描写は丹念に書かれ、表現豊かです。方言も(恐らく)忠実に書かれていると思います。ただ、(無知ゆえですが)、読めない漢字がいくつもあり、ルビを振って欲しかった(著者の責任ではなく、編集者の仕事範囲ですが)。辞書を引くことで、しばしば読み進めることが中断しました。 400字原稿用紙で100枚ほどの短編小説ですが、読むのに時間がかかりました。読めない漢字があるせいもありますが、小説の流れを理解するのがいささか難しかった。著者はこの小説で何を伝えたいのかを分かるために、時にページを戻して読む必要がありました。 モティーフは3.11とLGBTだと思えますが、この小説でどのような意味があるのでしょう。心にひっかからないまま、読み終えてしまいました。 特にLGBTのくだりは事情がすぐに理解できず、読むことを止め、考えることになりました。小説なので、説明することは必要ないですが、唐突に突きつけられた感がありました。単に主人公の輪郭を明確にするために書かれたのか。それともそれ以上の意味があるのか。分かりませんでした。 3.11のことは、小説の流れからは3.11でなくてもいいのでは、と思いました。必然性が感じられない、ということです。 <電光影裏春風を截る>という言葉が小説の終盤部に書かれています。この言葉は(これも無知で知らなかったのですが)禅語のようですが、小説の流れではこれも唐突な印象です。タイトルの「影裏」もここから取られているのでしょう。この言葉の意味を理解しないと、小説そのものも理解できないかもしれません。ちょっとハードルが高いです。 ありきたりの感想ですが、次回作を楽しみにしたいと思います。
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印象深い本、その出会いを喜んでおります。
ありがとうございました。読ませていただきました。印象深い小説でした。本との出会いに喜んでおります。
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特になし
特になし
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あまり楽しめなかった貴方のための解説(のようなもの)
例えば外国文学を読んでいるとどうしても集中力を切らしてしまうことがある。そんな時、訳者解説辺りを読むと気分が変わる。続きを読もうかという気になる。 この『影裏』、感想などをめくってみるにどうも正当と思われる読み方をしている人が少ないのではないかと思えるので、以下のテキストを書いてみた次第である。「読んでみたけど、ぜんぜんしっくりこないわー」とか「面白い気がするんだけど、なにが面白いのかようわからんわー」と感じてしまった貴方に向けて書いているテキストである。当然のようにネタバレしているので、未読の方は読まない方がいい。 序:『この小説は「信用できない語り手」による「恋愛小説」である』 破:『「影裏」は誰の「影裏」を指しているのか?』 急:『結局どうなってるわけ?」』 序:『この小説は「信用できない語り手」による「恋愛小説」である』 まず最初に、この小説は一人称であるので、作中の情報はすべて主人公の「わたし(今野)」のフィルターを介した上で届けられる。 その上で彼の境遇を改めて整理してみるに、 『二年間付き合っていた男の恋人と東北地方への出向を機に別れ(34p)、出先で親しく付き合える友人となる「日浅」と知り合う。酒や釣りなどとで親しく付き合うのだが、ある時「日浅」は連絡もなく急に仕事を辞めてしまう。その後は社内で「日浅」的人物と出会えそうな場所を求め、彷徨ったりもする(15-16p)。行動すれば変わるかと一般の釣りイベントにも参加して釣果は振るえども、心は躍らない(17-18p)――』 と、ここまでの行動だけをとってみても彼が「日浅」に執心する恋する乙女な具合であることは十二分に見て取れよう。ちなみに別れた恋人は『直前「性別適合手術(=性転換手術)」を受けようとしていた(53p)』という事実から推察するに、「わたし」は女性のように見える人でなく、純粋に男性然とした人が好きなのであろう。そして「日浅」から指摘された通り、「わたし」が『揃えているアウトドア用品は高級なものである(51-52p)』。おそらくこの東北に来る折は無く、「日浅」の野外趣味に合わせ買い揃えたものでないかと推察される。だからこそ久々の二人での宴会に営業の仕事の無心をされ、険悪な雰囲気からの勢いで道具をあげつらわれた時には、家に帰り傷心してしまうわけだ。癒しのため、「元彼(≒今では元彼女)」に電話もしてしまう。 そして『「日浅」の生死を確かめる際に、臆面もなく「彼女です」と言い切れる身分である相手に対し(75p)』、嫉妬と割り切れなさを感じつつも、「わたし」は「日浅」を求め行動し続ける。そこに欠かさず「友人」というフィルタリングをした上で続けるわけである。 この「わたし」の姿勢が恋愛でなくて、何が恋愛であろうか。 破:『「影裏」は誰の「影裏」を指しているのか?』 物語の後半はこの三者の内の、「日浅」を巡る欠席裁判の相を成す。捜索願を出すよう詰め寄る「わたし」に対し、「日浅の父」は卒業証書が偽造であった事実、幼少の頃から理解できない部分があったことを理由に決して提出しないと主張する。併せて『常に一人の人間としか親しくしないという性分である事実』をつけつけられる。それなりの時間が経った後「わたし」はおそらく新聞の紙面で「日浅」の名前を見かけているのであろう。 一番分りやすい「影裏」は「日浅」自身の性質であろう。しかし作中においてもっとも自分の気持ちを隠し、言い訳をして行動してきた人間は誰なのかと言えば、やはり「わたし」であるわけだ。 急:『結局どうなってるわけ?」』 だからこそ「日浅」に対する全ての事実を知った後に直面した七文字『電光影裏に春風を切る(89p)』の言葉が、『不意に蔑むように冷たい白目をこちらに向ける端正な七文字が、何か非常に狭量な、生臭いものに感じられた(89p)』のだろう。 この禅語はこのような逸話による。 『無学祖元禅師が自国の能仁寺にいたとき、元の大兵に取り囲まれ、一人端座しておられる禅師は剣を突きつけられた。その時「この世のすべては空である。剣で斬るならそうしなさい。しかし斬るといっても空を斬るのだから、電光が光るうちに春風を斬るようなもので手ごたえはないだろう」見事な禅師の見識と度量に兵は逃げ去ったという。(「千眞工藝」「やさしい禅語解説」より)』 ここで切られ、断罪されるは無論「日浅」本人である。そしてその太刀=雷は「日浅の父」となるだろう。そしてその太刀を振るってしまったのは結果的に「わたし」であるわけだ。それも恋心を陰に隠し、友人という皮を被り、健気に行動していたにも拘らず、「日浅の父」の言葉を借りるならば、息子の悪癖とでもいうべき一対一の交友の仕方に根があると捉えられている。であるが、この父子はそもそも信頼関係を欠いていた金銭だけの関わりであったときている。この各々の「空っぽさ」の具合といったらなんであろうか――と、この構図が生まれる瞬間が、おそらくこの作品の明確な見せ場であるモチーフではないだろうか、私は解釈している。 振り返るに彼の行動・言動を取ってもそのほとんどは「日浅」のために捧げられている。本文中のテキストの総量も「日浅」を抜けば、そうたいした量は残らないはずだ。彼ありきの釣りから始まり、そして彼抜きの釣りで終わるという対比はなかなかのものだと思うし、その奥で……それこそ好きだった相手への思いと失望を水に流し、弔うわけである。 最後にもっとも重要なポイントは、この一人称の小説は出来るだけ感情を排し、さながら日記のように記載されている。この「わたし」の行動から察せられる事実をもって感情を補ったとするならばどうなるか、というのが上記の試みであるわけだ。当然、これらのテキストは正解ではない。というか、国語のテストじゃないんだから、小説の楽しみ方、感じ方に正解なんてものはない。ただ少なくとも一読者はこのように楽しんだ、として受け取ってもらえれば幸いである。
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謎だらけ
一読、多くの謎が残されたままです。 というのも、この小説で描かれる世界は、自己の感覚、感情に極めて鋭敏でいながら、というより鋭敏であるがゆえに、世界に対して理知的に対峙したいと望み、けれど敗れ続ける漱石的話者(「電光 影裏に春風を切る」も『吾輩は猫である』にでてくる)の「恋愛フィルター」で、なにもかもがゆがんで見えているからです。読み始めてすぐに、なにか『こころ』に感触が似てるなアと(K、先生、私相互のBLが響かないと小説世界が膨らまない)。フィルターの屈折具合を読み込もうとする過程で世界が多様なものとして立ちあがる仕掛けなのかなと。 以下、謎。ネタばれあり。 1. 日浅は話者の気持ちをどの程度理解していたのか? これが話者にも謎なのか、読者に語っていないだけなのか。話者は、日浅が契約を頼もうとやってきたのに言いだせずに帰ってしまったエピソードでムネキュンになるわけですが、これって、「まちがいない、通じてる」ってすくなくとも話者は信じてるってことですよねえ。 2、.二人の間に具体的なアフェアはあったのか?、日浅は単に飽きるまでの興味深々のターンだけだったのか?まったくのノンケを話者が妄想してるだけだったのか? 日浅の死を伝えてくれるアラフィフの女性が、日浅の父に自分を「彼女」と名乗ったことに話者は嫉妬するわけですが、これって、バイセクシャルだと話者は認識してるってことなのか。話者は「この女、日浅とやったな」とみてるわけですよねえ。不自然なくらい金を渡し、契約を取られてもいるんだから。 3.日浅の父はどの程度、このあたりの事を知っているのか? 勘当云々に「正体不明の東京での四年」があるのだがこのあたり関係あるのか。少なくとも語ったエピソードは少女たちに対する性的嗜好だから、やっぱり、ないのか、知らないのか。まあ、死ぬよりはクズとして生きてと願わずにはいられないベタな父親像はともかく。 4. 突然の呼び出しでルンルンだったのに、なぜ、酒を飲まずに帰ることになったのか? なぜ執拗に日浅が「服装いじり」という男同士なら決してやらないげっすい嫌がらせでからんだのか。ここに単なるガサツなノンケでない感じがするんですよ。脇にいるおじさんも話者には性的ライバルと見えてるんじゃないかなあと。ここの「三角関係」が読み切れない。 5. あのおばあさん「次の人」の小説全体での役割がイマイチわからない。 単に震災をスラッと持ち出すためだけにしては描きこみ過ぎだし。言葉も理解できない土着性、辺境性のシンボルなのかしら。パヴィリオンでのおじさんについてははっきりと半分も言葉がわからないって書いてたし。秘めた敵意として。話者ってどこか異邦人の感じがでてて、性的マイノリティの自意識との対比なのかなあ。日浅の方言事情についても触れてた訳だし。 6.話者自身のカミングアウト事情。どうも、家族も知らないみたいな気がするし、そこらが日浅との関係にどう反映しているのか。 とりあえすの謎こんなもんでしょうか。あと父親を脅したのって、もちろん日浅自身の手引きですよね? どうやって連絡先を割り出せたか不自然だし、時期がせっぱつまって西山さんから35万円つまんだのに一致してるわけだし、そもそも、偽の卒業証書自体からして日浅が作ったと匂わせてるし(卒業の有無を個人が大学に問い合わせて教えてもらえるんだろうか。個人情報保護上。ここを疑うと際限なくなるんですが…)。 繊細な繊細な小説です。寡作になるでしょうが、おっかしげな現代ニッポン文学事情など気にすることなく、結城 信一みたくコアなファンをもつ作家になっていただければと。
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どうでしょう。
あくまでも個人の意見ですが全体的に山なし谷なし全編において単調な内容で非常に退屈な作品でした。自分としてはイマイチな作品でした。ただ一つの作品をより深く何度も読む人は新たな発見があったりするのかなぁ?と思わせる内容ではある。
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