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新装版 サンダカン八番娼館 (文春文庫)

大宅壮一ノンフィクション賞

新装版 サンダカン八番娼館 (文春文庫)

山崎朋子

『サンダカン八番娼館』は、山崎朋子による文学作品。1973年の受賞作として、題材を絞り込んだ表現と、人物や土地、時代の手触りを読者に残す構成が評価された。

人間心理時代性土地

作品情報

サンダカン八番娼館は、限られた形式の中に時代と人の気配を刻む作品。

『サンダカン八番娼館』は、山崎朋子による文学作品。1973年の受賞作として、題材を絞り込んだ表現と、人物や土地、時代の手触りを読者に残す構成が評価された。 受賞歴の文脈では、派手な要約よりも、形式に合った語り口と読後に残る問いが作品の核になる。

レビュー要約

  • 読者の受け止め方は、題材の珍しさや語り口の強さを評価する方向に寄る。作品の背景を踏まえて読むほど、構成の意図や余韻が伝わりやすい。

書籍情報

出版社
文藝春秋
発売日
2008-01-10
ページ数
438ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784167147082
ISBN-10
4167147084
価格
880 JPY
カテゴリ
本/人文・思想/女性学/女性史

かつて"からゆきさん"と呼ばれた女性たちがいたーー。歴史に埋もれた女性たちの声を刻みこむ「底辺女性史」の名著、新装決定版! 「からゆきさんと呼ばれる海外売春婦についての研究とも紀行ともつかないこの書物は、わたしが、この老からゆきさんと三週間あまりひとつ家に生活した記録であり、ふたりの偶然のめぐり逢いが決定的な契機となっている」(プロローグより) “からゆきさん"―ー戦前の日本で十歳に満たない少女たちが海外に身を売られ、南方の娼館で働かされていた。そうした女性たちの過酷な生活と無惨な境涯を、天草で出会ったおサキさんから詳細に聞き取り綴った、底辺女性史の名著新装版。東南アジアに散った女性たちの足跡をたどるルポルタージュ『サンダカンの墓』も収録 大宅壮一ノンフィクション賞受賞作

レビュー

  • 底辺で耐えざるをえなかった女性たち

    まだ途中までしか読んでないですが、とても考えさせられる良い本です。

  • 本書の意義は大きいが、疑問点も多い。

    書籍それ自体以上に興味深かったのは、読者によるレビューのほうだった。本書を読んで素直に感動または憤激している人もいれば、疑念を呈している人も見られた。 16-17世紀に海を渡った日本女性のことは、「じゃがたら文」などで僅かに知られているだけだ。19-20世紀の「からゆきさん」達もそうなりかねなかった。彼女たちの証言を次の時代に残せたのは、著者の功績ではある。しかしながら、本書が世に出て半世紀が経った。もう少し距離を置いた読み方ができないものだろうか。 私は、どこかの左翼政党の綱領のような著者の歴史理解には、とても同調できるものではない。日本軍を、「帝国主義的」日本国家を、独占資本を、あるいは男性中心社会とやらを悪者にしていれば済む時代ではなくなった。 本書に登場する女衒某については、彼自身が書いていることを他の証言等と照らし合わせて検証する姿勢を著者は見せているが、「からゆきさん」達の語りについては、そうした批判的な視角を示すことは、ほとんどない。こうした境遇の人たちであれば、自身を「被害者」として語るのは当然のこと、それを聞く側、さらに読む側にはクリティカルな姿勢が必要になる。現在新宿の某地区に立っている女子高生や、海外へ「出稼ぎ」に飛んでいる女性たちだって、いつか被害者語りを始めるかもしれない。私はそれを素直に受け入れる気にはならない。 著者はおばあさんたちの語りを直接録音したのではなく(そうした場合もまれにはあったようだが)、聞いてからメモを取って、それを東京の自宅へ郵送していたという。そのメモは、著者自身の標準語で書かれていたはずだ。この本でその部分が疑似方言に「復元」されて、ナイーブな読者は「からゆきさん」自身の声を聞いているような気にさせられる。著者は「一人称を僭称」したと控えめに告白しているが、ずいぶんとあざとい方法ではある。 そのようなわけで、私は本書に共感できなかった。 10年ほど前のこと、マレーシアの人が自分の祖母か曾祖母が日本人なので、詳しいことが分からないかと、SNSで尋ねてきたことがあった。彼がアップロードした祖母の身分証のような遺品には、明治何年かの生年月日と、「からゆきさん」を多く出したとされる九州の某地方の出身であるとわかる本籍地名が日本語で書かれていた。私は即座に「これ以上のことは分からない」と返事した。分からないままにしておくほうが良いことだってある。

  • 映画サンダンカンも併せてみて欲しい

    是非読む昭和の戦前を知る書籍で、映画サンダンカンも併せてみて欲しい

  • からゆきさんの生の声は貴重

    からゆきさん本人からの話は、とても貴重で興味深かった。

  • 夜の闇よりも暗く哀しく

    本書は、日本から海外へ連れて行かれ半ば強制的に海外の売春婦にさせられた「からゆきさん」であった"おサキさん"の所に、作者が何も言わずおサキさんの自宅に飛び入りで住み込み、寝食を共にし(おサキさんは床の抜けた家で生活をして食うにも困っていたにも関わらず)おサキさんの心の中にスッポリと見事に入り込んだ意欲作だ。 正直、それを読み手は咎めはしない。 おサキさん自身も作者を娘のように慕ったようだったので、おサキさんとの別れのシーンは号泣必須だ。 しかし問題は、その後である。この単行本化された「サンダカン八番娼館」は二冊の本が一つになってる。 後の「サンダカンの墓」が後編になっているのだが、それを読んで酷く複雑な気持ちになった。 作者が大日本帝国陸軍の悪行と、からゆきさんもそれと同じようなものだと一緒くたにする辺りが心穏やかでいられない。 また、日本の企業がインドネシアの人達を仕事で使ってる事を腹立たしく思うのは作者が勝手に感じてるのであって、日本もインドネシアも潤う事は間違いないのではないか。それは置いておいても、からゆきさんの事だけに専念して書いてくれたらと思わずにはいられなかった。からゆきさんのことのみを書き遺して欲しかったと感じた。

  • 明治から続いた少女人身売買の衝撃

    からゆきさんの存在は知っていたが、著者の大胆な取材方法と旺盛な活動力には驚かされ、 おサキさんとの心の交流には胸が熱くなる。 特におサキさんの一人称で綴られる「おサキさんの話−ある海外売春婦の生涯−」 は涙なくしては読めない。最悪の境遇にありながら真心を失わない女性の体験談が心を打つ。 全編を通して、純然たる女性史研究書というよりも、著者側の心情まで克明に書かれた 希有な体験談となっている。 著者がどのように取材対象に迫っていき、神の導きなのか、 出会うべき人達に不思議と出会っていく様子も興味深い。 他のレビューでも指摘されているように、取材上の問題点は散見される。 例えば、最初の旅で偶然に出会ったおサキさん宅を急に再訪し、 理由も言わず長期間同居させてもらうとか、 取材に応じてくれた人のアルバムから写真を盗むなど。 たぶんその時その時でやむを得なかったのだろう。 本書の最後に「からゆきさんもまた日本のアジア侵略の一因であったのだ−− ということを強く強く実感しました」 「からゆきさんは日本のアジア侵略の先遣隊でもあったのだ−− ということが、皮膚感覚をもってわかって来たのです」と あたかも加害者であるかのように書いている。 大日本帝国陸軍は男性の集合体であり、戦争は男性の犯罪である。 (全男性という意味ではなく、男性の多くも戦争反対だったと思う。) 本書に限らず「日本のアジア侵略」と表現すると女性も含まれてしまうのが言葉のマジックだ。 からゆきさんは純然たる被害者であり、侵略の一員では断じてないと強調しておきたい。 人柄の良いおサキさんのお陰で本書は成った。 おサキさんに家を建ててあげるのは無理かも知れないが、 せめて百足の巣になっている湿った畳くらいは新品に替えてあげただろうかと、 出版後のことまで考えてしまった。 文章力もある異色のルポなので、多くの人に読んでもらいたい。

  • 実際日本であった話です!

    是非読んでいただきたい一冊です。あってはならないことが、実際日本であったのです。ノンフィクションで、読み終わった後、涙がとまりませんでした。

  • 教科書では習わない歴史

    同じ女性として、読んでいて辛くなるほど大変な生涯を送った、からゆきさん達が居た事はこの本を読むまで知りませんでした。

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