作品情報
眠りを起こす男の姿から、文明の深い疲れが見えてくる。
文藝春秋から刊行され、文春文庫にも収録された作品。仮眠室を舞台に、眠ることと起こされることの間から、働く身体と文明の危機を描く。
レビュー要約
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奇抜な職業設定から現代社会の疲労を描く視点が高く評価される。短い作品ながら、眠りという主題の広がりが強い余韻を残す。
書籍情報
- 出版社
- 文藝春秋
- 発売日
- 1994-09-10
- ページ数
- 174ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784167564018
- ISBN-10
- 4167564017
- 価格
- 1142 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
彼は涼しい面立ちをした「起こし名人」だった……。通信社の仮眠室を舞台に、眠りから文明の危機を鋭く抉り出した芥川賞受賞作他一篇。「自動起床装置」「迷い旅」収録。(村田喜代子)
レビュー
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日常をえぐる政治的テーマ、硬質な抒情的文体
辺見さんの書くものは、現代にはびこる不分明の政治的圧力を暴く。いつのまにやら日常に忍び込む、ぜんぜん自明ではないのに自明のように錯覚させられる異常な習慣の、その異常性を読者の眼前につきつける。 そしてそのような自覚のプロセスを、きわめて内省的かつ抒情的な文体で、ときに諧謔を交えながら綴る。本作品の文体的特徴について解説で「硬質な抒情性」と言い表されていたが、まさにその通りだと思う。 日常をえぐる政治的テーマ、硬質な抒情的文体――この二つは辺見さんの文学をデビュー以来一貫して支え続けている、作家としてのシグネチャーだ。 芥川賞受賞作「自動起床装置」では、通信社というそれ自体きわめて政治的な場において物語が展開される。社員を日夜効率よく働らかせるための睡眠管理セクションという、既にして非人間的な職場でアルバイトをする「ぼく」。そしてそのアルバイトの先輩であり、ぼくに眠りという行為の存在論的意味を説き、社員の眠りをでき得るかぎり人間的なものにしようと奮闘する「聡」。この両者の労働風景を軸にストーリーは進んでいく。 物語が大きな転回を見せるのは、「自動起床装置」が睡眠管理セクションに導入されることが社内で決まってからである。社員の眠りを有機的な活動にしようと努力してきた聡は、もちろん自動起床装置に敵意を向ける。ぼくはやや傍観者的な立ち位置にいる。しかし実際に装置が社内に運び込まれお披露目会が開かれると、ぼくは拍子抜けしてしまう。それは空気が定期的に送り込まれ単純な膨張、縮小活動を繰り返すだけの、ぶよぶよのゴムの塊だったからだ。 他方、聡はもっと鋭い。装置のそのような無様な相好は、ひとを油断させ懐柔させるしたたかさにおいて、むしろ狡猾かつ危険なのではないか。現代の非人間的システムは、卑俗卑近なかたちで人間社会のなかに入り込み、人々をいつのまにか無感覚にしてしまうという点で、そら恐ろしい危険極まる病理なのではないか。そう聡は感じる。そして果たして悲劇が起きる――。 通信社という政治的感性に鋭いひとたちの集団でさえ、自動起床装置という人間性をはく奪する隠微な現代的装置の、ひめられた政治的圧迫に気づくことがない。それに立ち向かい、眠りの人間的領域を守ろうとして結局は敗れ去るぼくと聡。日常に立ちこめる政治システムの巨悪と、それに抗して人間性を守る個人というモチーフは、辺見さんの文学の原点だと思う。それをひしひしと感じることのできる抒情的な中編作品。2014年12月現在の政治状況のなかでこれを読むと、とても哀しく惜しい。
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眠りについて
眠り、という生きるのに不可欠な行為について、新しい観点を与えてくれた作品だった。
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眠ることはデリケートなことだということ
本作の要点は、人間は起きて活動している状態だけでは語りつくせるものではなく、眠っている状態も立派にその個人を物語っているということ。 これはフロイトにおける夢のように、眠っている状態が起きている時のあり方を説明するといった一元論ではなく、覚醒と睡眠、各々別個のものとして多元的な理解を求めるべきものとして書かれている。 このことはつまり、人間は科学や心理学で簡単に解剖されるような存在ではないと主張しているのだと捉えてもいいかもしれない。 このように眠った状態を独自のものとして捉えなければならないというのが前半で、後半ではそんな眠りが機械によって蹂躙され、no man's land へと進行していく様子が書かれている。 他に面白い点として、人間と樹との関係が神話的、宗教的な芳醇なイメージを持って語られる点が挙げられる。
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睡眠について考えた
ずっと昔に読んだのだが何かの折に話題にのぼったので探して読み直してみた。 通信社で仮眠をとる職員を指定された時間に起こすバイトをしている青年の話だ。 そのバイト仲間である『聡』の起こし方が気に入って、自分も誰かを起こすとき眠りの底から優しく連れ出すような気持ちで起こしたりしている。 もう20年も前の本なのに自分の生活の中に影響しているのだなと気づいた。 当時は睡眠について一日の3分の1も費やすのはもったいないと思っていて、睡眠時間を削って活動していた。 睡眠の質についても考えさせられたし、眠りの中の自分と覚醒している時の自分という考え方にも興味を持った。 表題になっている自動起床装置は何年か前、JRから「乗務員の起床に使用している自動起床装置を一般向けに販売する」 という記事を見て本当に存在するんだとびっくりし、そしてべらぼうなその値段にもおどろいた。 睡眠と樹木と同僚の青年との関係やとても不思議な世界観の作品である。
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自然と人工の関係性について探る
辺見庸氏の芥川受賞作、他一篇を収録。 主人公は企業の仮眠室で起こし屋のアルバイトをしている。バイトの先輩聡は起こし上手だ。色々な眠りの形を観察しながら働いていたある日、「自動起床装置」の導入が決定され…。 眠りと覚醒という生物にとって自然で根源的な営みを、人工的に管理することの不自然さが描かれており、分単位で生活を規定されている現代人のストレスについて考えさせられます。文明の進展の結果として人間が生活しにくくなっているのであれば、これほどの皮肉はないでしょう。 所収のもう一篇「迷い旅」は、内乱のカンボジアの奥地へと入り込んでいく記者の姿を幻想的に描いた作品。
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眠り
いかに睡眠時間を削り活動時間を増やすかに注力してしまいがちな現代思想。 それに真っ向から疑問を投げかけ、社会に一石を投じている。 本当に重要なことは眠りの中にあるのではないだろうか。
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こねくりまわすほどのテーマでもない
ストーリーや会話のリズムなど、実はそんなに古くない気がする(正確に言うなら現代文学が新しくない)。 むしろ最近の芥川賞の作風と酷似している気がする。 冒頭部分の修辞は、それほど長く続かないので、苦手意識を感じても、読み進めた方が吉。 Amazonレビューでかなり難しく読み解いているけど、そんなに深読みするほどでもないと思う。 それはつまり、聡たちがすっと気持ち良く起こしてくれるように、すっと気持ちよく読書すればいい。
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期待ハズレ
つまらない。なぜ芥川賞をもらったのか首をかしげたくなる。やはり芥川賞は読みにくい。
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- 芥川龍之介賞 第105回(1991年) ・受賞