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腦病院へまゐります。 (文春文庫 わ 11-1)

文學界新人賞

腦病院へまゐります。 (文春文庫 わ 11-1)

若合春侑

昭和初期、カフェーの女給として働く人妻が、谷崎潤一郎を敬愛するサディストの帝大生と関係を持つ。虐げられながらも相手を愛し続ける女にとって、魂の救済とはいかなるものか。旧字旧仮名遣いで綴られた濃密な情痴の世界に、女の帰依と破滅を描いた第86回文學界新人賞受賞作。表題作に加え「カタカナ三十九字の遺書」を収録。

情痴サディズム・マゾヒズム昭和初期旧仮名遣い女の帰依と破滅魂の救済

作品情報

究極の情痴文学――旧字旧仮名遣いで書き下ろされた、昭和の閨房における女の帰依と魂の彷徨。

若合春侑のデビュー作にして第86回文學界新人賞受賞作。昭和初期のカフェーを舞台に、谷崎潤一郎に心酔するサディストの帝大生と、その虐待を受け入れ続ける人妻の情痴を、旧字旧仮名遣いで綴る。腸を締め付けるような息苦しさと濃密な官能が同居する筆致は「究極の情痴文学」と称され、第119回芥川龍之介賞候補にも選ばれた。文春文庫版には島田雅彦による解説を収録。

レビュー要約

  • 旧仮名遣いが醸す息苦しい雰囲気と、強烈な情痴描写を高く評価する声が多い。谷崎文学を想起させる様式美と、女の心理が迫力をもって伝わるとの読後感が支持される一方、性的な描写の強度に好みが分かれる指摘もある。

  • 賛否両論が見られるが、表題作の持つ爽快感と、各女性人物の自意識が「性質の違う花が咲き乱れるように」表現される収録作の美しさを認める声がある。旧字旧仮名遣いに加え版面を罫線で囲む装丁の工夫が、昭和初期の雰囲気を体感させると評価されている。

書籍情報

出版社
文藝春秋
発売日
2003-07-01
ページ数
165ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784167656706
ISBN-10
4167656701
価格
119 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

究極の情痴文学ここに現わる!! 昭和初期、濃密な男女の情痴世界。愛する男から虐げられつづける女にとって、魂の救済とは何だったのか。第86回文學界新人賞受賞作

レビュー

  • 生々しさ

    まず旧仮名遣いで書かれている本書がかもしだす雰囲気は、なんとも言えない息苦しさを覚える。表題作は文學界新人賞受賞作なので長くはないはずなのだが、旧仮名遣いの読みづらさも手伝ってか長く感じられた。 旧仮名遣いが悪いような言い方になってしまったが、この旧仮名遣いは小説に非常に良い効果をもたらしている。帰依と言っても良いほどの女の行動と旧仮名遣いの息苦しさが合わさり、肺に生ぬるい粘着質の液体を流し込まれたような圧迫感が生まれるのだ。情痴という言葉では表すことの出来ないなにかが、この小説にはあると思う。ただ、好き嫌いはわかれると思う。

  • どうしようもなさ。

    表紙の写真と、タイトルに魅かれて購入しました。 「おまへさま、まうやめませう、私達。」 という言葉で始まる表題作。 旧仮名遣いの美しさ、セピアがかった雰囲気は、好きです。 中でも、芸術について、過去と人格形成について、切ない解釈、表現が良かったです。 人が人に魅かれるということの、どうしようもなさが切々と書き綴られてゆきます。 その内容には正直、激しい反発と許しがたさを感じます。しかし、この反発が、 そのまま主人公と私は違うのだということ、どうしようもなく、人は一人なのだ という事実を突きつけているように思います。 そうして、この作品の最期には、冒頭の言葉を読み間違えていた自分に突き当たるのです。 作者が女性だということと、あわせて驚かされました。

  • これは何。

    決して全面的には好きな作品ではないのですが、初読から一年半を経過して、奇妙に記憶に残る作品なのでここに記しておきたいと思います。昭和初期、カフェの女給をしていた人妻でもある女が、谷崎を敬愛する帝大生と出会い男女の仲になるのですが、男の閨房での辱めは想像を絶し、それでも相手を愛する女にとって・・・。という類のかなり壮絶な作品なのですが、記憶に残るのはその壮絶な描写ではなく、この作品が醸し残したある種の気品。あるいは、高み。です。壮絶極まり過ぎるほどに徹底的な性的恥辱暴力描写で、エロティシズムの美学とか、官能の美学などと呼ぶべきものなど微塵もないほどに排除されたこの作品が放ち残す異様なノーブル感(?)。これはいったい何なのでしょう。

  • おど゛゛゛゛ろき!!

    完全に受け身になるということで、何か魂の根元を探し求めているような、魂の入った器である人間と、もう一つの人間の繋がりの根本に触れようとするような、そんな感じがしました。 単なるサド・マゾの話とは思えず、動物に成り下がったようにも思えず、完全に相手を受け入れ、性を通して、生を知ろうとする、精神の在処を知ろうとする、そういう態度に思えます。 あと昔、蛙や虫をいじくって遊んだ時のことを思い出したりもしました。これは相手の男の心情と同じじゃないかなぁ。 奇妙にヒステリックになる…。

  • 迫力万点・情念の文学

    久々に迫力のある小説を読みました。 愛する男にあてた恋文という形式で、主人公の情念や怨念や狂おしいほどの愛情を描き出しているこの作品に私はすごい力で惹きこまれてしまいました。 谷崎潤一郎に心酔し、残酷に主人公を痛めつける「おまへさま」と、愛しているがゆえに逆らう事はおろか、自分の身を捧げてつくしてしまう主人公の「私」。二人の歪みきった関係を恋文のなかで振りかえっていくというストーリー展開は読者を虜にしていき、一気にクライマックスへと導きます。 残酷なのに美しく、しびれるような甘さの谷崎の描き出した世界を頼りに始まったはずの二人の遊戯が、だんだんエスカレートしていき、谷崎的世界とは別物に進化していく様は圧巻です。谷崎的世界から、人間のエゴと情念の入り混じった生々しい匂いが漂う世界にシフトしていく二人の関係は、かえってリアルに胸に響きました。 面白かったです。

  • これが情痴文学?

    愛情表現が想像を絶するものであっても、相手を愛する気持ちに根本的な違いは無いのです。「サディスト」「辱め」「情痴」など、ただの官能小説を思わせる解説には割り切れないものがあります。「おまへさま」の変態ぶりも、それを受け入れる「私」の葛藤も純愛小説の一情景として切ない気持ちで一杯になってしまいます。 収録されている「カタカナ三十九字の遺書」も、常人には理解できない愛情も当人にとっては何物にも変えられないという、もう一つの表現ではないでしょうか。

  • そうしないではいられないところ

    「此の世にどうして藝術といふものが生まれたかは、生まれ持つて 強く大きく過敏に感受する気性の人が、湧き上がりトグロ巻く感情 の種を自分の内側に閉ぢ込めて置けず宥め切れず體の外に出さずに はゐられないから、さういふ自分自身を救ひたくつて形有るものを こさへる…」 愛情も藝術も、やむにやまれぬところから、そうしないではいられ ないところから生まれることを、改めて教えてくれる。

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