作品情報
森内俊雄の『氷河が来るまでに』は、受賞歴とともに読み継がれる長編小説。
氷河という大きな時間の比喩を題名に持つ森内俊雄の小説。人間の生と終末感を見つめる。
書籍情報
- 出版社
- 河出書房新社
- 発売日
- 1990-09-01
- ページ数
- 259ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784309006376
- ISBN-10
- 430900637X
- 価格
- 904 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
Amazon.co.jp: 氷河が来るまでに : 森内 俊雄: 本
レビュー
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極北の文学
手に取ったのは帯に記された「極北の文学」という惹句だった。 おそらくは20年ほど前。 言をかりるならば、ひたすら「ダダの魂を描いた作品」となろう。 ダダはただひたすらに苦悩する。 ぼんやりとした不安であれ、背教者としての自分であれ、 飲酒癖のため命を縮める自分であれ、全てに苦悩を見いだす。 とどのつまりは「薬と飲酒によって荒廃した魂」だけを残して。 何故に苦しまなければならないのか。 苦しみの根源とは何か。一切伏せられたまま苦悩する。 最も痛ましいのが、自分の魂を自分で食い尽くし、 苦悩以外のなにものもないままに、 何に苦悩するのか理解できないままに自分を破滅させることだろうか。 作中でのダダの息子の述懐…「この家の中には怪物が徘徊している。 ダダはもっと人間を愛するべきであった」。 丹念に文章を追ってゆくと、そこには作者のかなり緻密に 計算された構造が見えてくる。 崩壊する魂と「信仰」。「家族」とダダ。ダダと酒・薬。 ダダなる名称から想像されるような「既存の価値観の破壊」 ということよりもむしろ「(信仰)の苦悩・人間の全的な救い」 という内容であろうか。 特に著者の信仰がそのまま反映されるかのような 「聖書」の解釈に、読んでいて大きく心を動かされた。 一見「今夜全ての…」を思い起こす内容だが、 実際にはかなり異なった意味を含んだ作品。 どうも、この作品を端的に表現する言葉が見つからない。 「イエスは、それぞれの人の中においでになる。 ダダは人に会えばいいのだ。人殺しであろうが、 倒錯者であろうが誰だっていい。」 「生き物でないものに興味を持ったのが、 ダダの間違いだった。人をもっと愛するべきであった、」 上記のように小説内の文章をかりてしか、この作品を紹介することはできない。 近代日本文学の傑作の一つであろう。
関連する文学賞
- 読売文学賞 第42回(1990年) ・受賞
- 芸術選奨文部科学大臣賞 第41回(1991年) ・受賞