作品情報
伝記のかたちを借りて、ひとつの作家神話を組み立て直す。
河出書房新社の単行本。作家と作品、真実と虚構の境界を揺さぶりながら、もうひとつの文学史を立ち上げる。
書籍情報
- 出版社
- 河出書房新社
- 発売日
- 2021-09-25
- ページ数
- 400ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.6 x 3.3 x 19.3 cm
- ISBN-13
- 9784309029832
- ISBN-10
- 4309029833
- 価格
- 2475 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/文芸作品/日本文学
選考委員絶賛! 壮大なデビュー作にして、第73回読売文学賞(小説賞)受賞作 「ジュリアンは私で、私はジュリアンだった」 作風は優雅にして猥雑、生涯は華麗にしてスキャンダラス。 トルーマン・カポーティ、ゴア・ヴィダル、ノーマン・メイラーと並び称された、アメリカ文学史上に燦然と輝く小説家ジュリアン・バトラー。 その生涯は長きにわたって夥しい謎に包まれていた。 しかし、2017年、覆面作家アンソニー・アンダーソンによる回想録『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』が刊行され、遂にその実像が明らかになる――。 発売当初より、佐藤亜紀氏、高遠弘美氏、伏見憲明氏、富士川義之氏、柳下毅一郎氏が推薦! 朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、毎日新聞、産経新聞、東京・中日新聞、北海道新聞、共同通信、新潮、群像、サンデー毎日、週刊新潮、週刊読書人、婦人公論、現代ビジネス、ONTOMO、TBSラジオetc.各メディアで絶賛。 もうひとつの20世紀アメリカ文学史を大胆不敵に描く壮大なデビュー長編小説にして、読売文学賞(小説賞)、第9回鮭児文学賞、第2回みんなのつぶやき文学賞国内第1位受賞!
川本直(かわもと・なお) 1980年東京都生まれ。デビュー小説『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(2021年)で第73回読売文学賞(小説賞)、第9回鮭児文学賞を受賞。他著書に『「男の娘」たち』、共編著に『吉田健一ふたたび』。
レビュー
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とても良い
とても読みごたえあり面白く読みました。
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豊饒な文学を堪能できる
冒頭の作中作『ネオ・サテュリコン』にはぶっ飛びました。 ユーモアたっぷりの過激で挑発的な作中作です。 続く批評やインタビューの挿入も企みに満ちています。 作中作だと『終末』も『アンソニーの秘かな愉しみ』もとても面白いものでした。 序盤のドタバタが一段落すると、ジュリアン・バトラーのパートナー、ジョージ・ジョンの回想が始まります。ジョージのナレーションは意地悪で嫌味で、でもクソ真面目で情けなくて笑いっぱなしでした。ジョージの機能不全家族のエピソードにも光るところがありました。 そしてジョージの人生はジュリアンと全寮制の男子校で出会ったことで決定的に変わってしまいます。 ジュリアンが小説家を目指したことで、ジョージとの間に共犯関係が生まれ、同性愛小説の出版が難しい1940年代にジュリアンはパリのポルノ出版社から男娼の小説でデビュー。続いて古代ローマのネロ時代を描いた歴史小説が第二作、ですが、この辺はネタバレになってしまうので、読者が自分の目で確かめてほしいです。 パリ、ヴェネツィア、ローマなどの都市の描写は楽しくてリアリティたっぷり。そしてジュリアンとジョージが、レズビアンの小説家ジーンとパリで過ごす章は青春小説と言っていいほど美しいものでした。それからの仇敵のリチャード・アルバーンとの対立も策謀に満ちていてスリリングでしたし、役に立たないアンディ・ウォーホル司会のもと、ゴア・ヴィダルとノーマン・メイラーとジョニー・カーソンとローリング・ストーンズが殴り合い、カポーティが飲みすぎて倒れるTV番組は抱腹絶倒でした。 ジュリアンのの破滅と死、それからジョージが新しく人生を始めるところもロマンティックで感動的です(ブラック・ユーモアと取れないこともないけど)。 そして、訳者あとがきの「ジュリアン・バトラーを求めて」はノンフィクション形式で、日本人の訳者を語り手に、ニュートラルでフラットな文章で書かれていて、晩年を迎えたジョージがまた別の角度から立体的に浮かび上がるので、この小説に深みを与えていると思います。 ジョージの新しい家族に会いに行く後日譚もエピローグにふさわしいものでした。 20世紀を描いた歴史小説、文学史小説、メタフィクション、風刺小説、ユーモア小説、批評、インタビュー、ジャーリズム、青春小説、恋愛小説などなどありとあらゆる技法が詰め込まれていて小説の豊饒さをこれでもかと堪能できる小説です。
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愛を語る物語
冒頭、作中作のどぎつい性描写からはじまるので、読み始めはついていけるか不安でしたが、終盤そして読み終えた後はとても幸福な気持ちになれました。 この物語の主人公は、タイトルのジュリアン・バトラーではなく、回顧録の語り手でジュリアンの同性パートナーのジョージです。 ジョージが晩年にあたり、回顧録という形で、死後に公表される前提でこれまでの秘密を告白するという進行のため、ぐいぐいと物語に引き込まれます。 作者がジョージの回顧録を翻訳し、ジュリアンのファンであることをきっかけとしてジョージへのインタビュー記事を書いている、という体裁も巧妙で、フィクションであることを忘れそうになります。 これはジョージの生涯の物語であり、「愛してる」という言葉が直接には一度も出てこない、ジョージの愛の物語でした。 ジョージの語り口は淡々として時に辛辣ですが、最後まで読んで振り返ると、深い愛としか言えないエピソードが散りばめられています。 ジョージ本人が「依存」とも呼ぶような、公私に渡るジュリアンとの深いパートナーシップと、ジュリアンとの死別後の第二の人生、若い世代への愛と献身、成し遂げた仕事。 ジョージの人生は最終的にはとても満ち足りたものだったと感じられることが、幸福な読後感をもたらすのでしょう。 また、性愛と人間愛、同性愛と異性愛の境界は曖昧なもので、一人の人、一人の人生の中でも、グラデーションを帯びて存在しているものなのかなとも感じました。 ジョージが語るジュリアンとの人生、そしてインタピュアーが明らかにするその後のジョージの人生、一貫して愛を語る物語だったなと思いました。
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王道のフィクション
これほど王道の小説に出会うことは稀だ。 仕掛けばかりに目を取られているレビューが多いようだが、描写を節約し、叙述によって繰り広げられる疾風怒濤のストーリーテリングで20世紀のアメリカを同性愛者の視点から描く第一級のフィクションである。 緻密な時代考証や張りめぐらされた元ネタを楽しむ読み方もあるだろうが、実際のところ元ネタは小説内ですべて説明されているか言及されており、20世紀の歴史やアメリカ文学やヨーロッパ文学に素養がある読者は色々楽しめるだろうが、それら固有名詞は一切無視してもキャラクター小説としてとして十分楽しめる。20世紀の文学や文化に詳しくなくとも興味のある読者は後から調べれば面白さが増すだけだ。 毒舌家の語り手ジョージのブラック・ユーモアたっぷりのナレーションに導かれて、自由奔放なジュリアン、皮肉屋のゴア・ヴィダル、虚言癖のあるトルーマン・カポーティ、天然のアンディ・ウォーホル、魅力的なヒロインであるジーン・メディロス、癖のある出版社社長モーリス・ジロディアス、薬物依存で挙動不審なウィリアム・バロウズ、韜晦屋のポール・ボウルズ、敵役の奇人リチャード・アルバーン、大暴れするノーマン・メイラー、大食らいの編集者のハーマン・アシュケナージ、ストーカー染みた狂言回しの川本直(作者自身ではない)など登場人物たちは架空実在を問わず、生き生きと人物造形がなされており、それをあれこれ考えずに物語とともにストレートに楽しむだけでもとても面白い。 何故、文体が叙述で押し切ってあるかは本文中、イーヴリン・ウォーや18世紀イギリス小説に言及することからわかるようになっている。叙情詩的ではなく、叙事詩的な文体を採用しているからだ。 戦後の一時期の日本の私小説のように感傷たっぷりの描写しか知らない人間には向かないかもしれないが、実際、日本近代文学でも海外文学でも、私小説のように情緒まみれの描写だらけの小説は少ない。この小説ではあえてドライな文体が全編を貫いている。 「ジュリアン」という名前が、無神論者のジュリアンの祖父が背教者ユリアヌスから名付けた当時のアメリカでは特殊な名前ということも作中に書いてある。 この小説が全然読めていないか、内容にほとんど触れていないレビューがあまりに多すぎるので、辟易した。 そして、この小説は「作者とは誰か」「書くとは何か」という問いを投げかけながら、結局、作品だけが残る、つまり全てはフィクションであることが明かされるが、最後まで読んだ読者のお楽しみということでネタバレは控える。 この小説は前提知識がなくとも、クールな文体と波乱万丈の物語でたっぷり読者を楽しませてくれるので、まずは読んでみることをお薦めしたい。 今年のベストと言える小説だ。
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最高に面白い。
文庫版帯に「すべて嘘か、それとも真実か」とあるが、架空の人物ジュリアン・バトラーの生涯をその友人?ジョージ・ジョンが辿る本編に著者による「ジュリアン・バトラーを求めてーあとがきに代えて」「主要参考文献」最後の「この小説はフィクションです。」まで緻密かつ重層的に作り上げられたストーリー。架空の人物と実在の人物を自在に絡ませて物語を展開する。フィクションであることは分かっているが読んでいるうちにどこまでが虚でどこまでが史実か分からなくなるような気がしてくる。ティム・パワーズの「石の夢」「アヌビスの門」や高野史緒の諸作品も大変好きであるが、これは凄い。本編でアレクサンダー大王を題材とする作品を書く場面で膨大な資料を参考とする様子が描かれるが本作もおそらく登場する実在の人物について綿密に調べていることが推測される。私がこれまで読んでいた小説の中で一、二を争う面白さ。
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知られざるアメリカ文学史を辿るエキサイティングな物語
ジュリアン・バトラーという20世紀のアメリカ作家を中心として、トルーマン・カポーティ、ゴア・ヴィダル、ノーマン・メイラーといった実在した文豪たちが虚実交えて展開する物語。面白くて一気読みしました。オスカー・ワイルドが、もしアメリカの作家だったなら...と考えてみただけでワクワクしてしまうが、この小説はまさにワイルドばりの才能と退廃的な性質をジュリアン(Julian)に与え、彼が周りの知識人、芸術家、作家たちを巻き込んで大騒動を繰り広げ、パワフルに、そして逞しく生きるさまを描いている。本作は、知られざるアメリカ文学史の一面もあるようだ。 ジュリアンの外見の美しさはワイルドの恋人だったアルフレッド・ダグラス卿を彷彿とさせるが、ダグラス卿は実は最後まで才能を開花させることなく(ワイルドに言わせると)俗物的な生き方を貫いていた。その点では、ジュリアンとは異なっている。語り手のジョージを含む様々な人たちとの知的交流により、本作のヒーローは確実に成長してゆく。読者はそのジュリアンの成長と退廃の絶妙なバランスを目の当たりにし、「生」の複雑性を考えるに至る。ジュリアンが大学の教授でもあるジョージから知的刺激を受けながら、成長するのとパラレルに、ジョージもジュリアンの天真爛漫な性質から数多くの学びを得る点で、実は教養小説の側面もあるのではないかと思わされる。 現代社会におけるセクシュアル・マイノリティたちの生きづらさや不安を取り払うべく、同性愛者ジュリアンは、小説の創作においては、なによりも自由を重んじ、実生活でも「自由」を何にも変えがたいものとして実践した。彼は、いわば現代のユリアヌス(Julianus)でもある。「ユリアヌス」とはゴア・ヴィダルが描いたキリスト教に最後の反抗を試みたローマ皇帝ユリアヌスと同名であり、他には、『ネオ・サテュリコン』もペトロニウス『サテュリコン』へのオマージュであり、このような関テクスト性をあちこちに張り巡らせた面白さもきわだっている。 本作は、全体的に現在の米国において勢力を伸ばしつつある超保守を体現するピューリタニズム(あるいは福音主義)に物申す立場から、自由な気風を愛することの価値を示してくれる。ジュリアンの、あるいは作者の「差別のない社会であれ」という願いが込められた作品なのではないかと思う。
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構えは大きいが
読み終わっての第一声「日本語学習者の文章みたいだな……」。 海外の文献を翻訳したという体なのであえてそうしてるのかなとも思ったが、訳者の語りにしても、ジュリアン・バトラーの作品として紹介される小説の文章にしても表現として生硬で、ワンパターンなのがきつい。明らかに同じ人間が書いたのだと読み取れる(かつ、文体から引きこもり的な陰湿さを感じる)。 また、何年にこういうことがあった、こういう作品が生まれた、と作中の文章がほぼ「情報」に終始していて、「描写」と呼べるような卓越した技巧性がほとんど感じられないのも痛い。架空の作家を設定してアメリカ文学史を再構築する、という試み自体は面白いが、作者の文章力と物語の構築力が明らかにそれに追いついていない。大作ではあるが、内容は貧弱。
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力作ではあるが
かねてからの戦後アメリカ小説研究の成果に、五年ほどをかけて架空の小説家一人を描き出した力作だが、読むのが前半ではつらかった。何よりジュリアン・バトラーが極めて不快な人物であり、フォニイ感が激しかったからで、後半になるとジョージ・ジョンが前面に出てきていくらか読みやすくはなるが、この人物がジュリアンが好きだったのは美青年だったからか? という疑念もわく。恐らく架空の作家を描くという意味で、英訳されたらアメリカ人にはとても読めたものではないだろう。ところで高遠弘美が推薦しているのには驚いたのだが、高遠は同性愛嫌いではなかったか?
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