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光のそこで白くねむる

文藝賞

光のそこで白くねむる

待川匙

十年ぶりに帰郷した「わたし」が墓地へ向かう途中、死んだはずの幼馴染・キイちゃんの声を聞く。行方不明の母、謎めいた父、荒れた祖母——不確かな記憶が流れ込み、平凡な田舎が呪われた異界へと変貌していく。誰が存在し、語り手の性別すらも明示されない曖昧さの中で、パラノイアックな視点を高い文章技術で描ききった衝撃のデビュー作。

記憶家族帰郷幻想パラノイア

作品情報

誰が存在し、誰が消えたのか——確かなことは何ひとつない。

全選考委員が驚嘆し、各紙誌で絶賛された第61回文藝賞受賞作。田舎町の墓地へ向かう帰郷者の語りを通じて、尋常の景色が異常の景色へと塗り替えられていく。「パラノイアックな人物の視点を描ききる勇気と高度な文章技術」(選評)が際立つ、新人離れした筆力のデビュー作。

レビュー要約

  • 高い評価。平凡な田舎町が徐々に異様な空間へと変貌していく過程と、誰が実在するかもわからない語りの曖昧さが読者を惹きつけている。

書籍情報

出版社
河出書房新社
発売日
2024-11-18
ページ数
112ページ
言語
日本語
サイズ
13.5 x 1.2 x 19.4 cm
ISBN-13
9784309039381
ISBN-10
4309039383
価格
1650 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品

【第61回文藝賞受賞作】 パラノイアックな人物の視点を描ききる勇気と高度な文章技術。新人離れした作品である。 ——小川哲 誰が存在したかも、語り手の性別すらも明示されないあいまいさ。たしかなことが何ひとつないからこそ、この小説は強いのだ。 ——角田光代 尋常の景色、おそらくは平穏で退屈な田舎の景色をそのまま描いて異常の景色となす不思議の筆力。美事だった。 ——町田康 特別な文体と出会う喜びを覚え、言葉自体に強烈に惹きつけられた。この作品が宿しているものの大きさに、ただただ圧倒された。 ——村田沙耶香 十年ぶりに、坂と崖に囲まれた故郷の田舎町をおとずれた「わたし」。 墓地へと続く道を進むと、死んだはずの幼馴染「キイちゃん」の声が語りかけてくる。 行方不明の母、蒙昧な神のごとき父、汚言機械と化した祖母…… 不確かな記憶が流れ込み、平凡な田舎に呪われた異界が立ち上がる。 圧倒的異才が放つ、衝撃のデビュー作!

待川 匙(まちかわ・さじ) 1993年生まれ。徳島県生まれ、滋賀育ち。会社員。2024年、「光のそこで白くねむる」で第61回文藝賞を受賞。

レビュー

  • 独自の世界観

    独特の世界観。しかし多くの人は心の中にそのような思いがあるのかもしれないと、思わせるところが私にはありました。

  • 癖になる曖昧さと不気味さ

    装丁と帯に目を惹かれて読んでみたのですが大当たりでした。 虚実不確かな暴力性が開示されるという共通点もあいまって、どこかテジュ・コール「オープン・シティ」を彷彿とさせる気持ち悪さ、不気味さを感じた。 得体の知れない「わたし」の語りに加え、さらに存在の不確かな「キイちゃん」(「キイちゃん」は私の幼い頃の親友の渾名でもあったことはちょっとした偶然である)が「わたし」の意識に入り込み、語りかけてくる。 曖昧さが輪をかけて、「わたし」の身体の輪郭はぼやけ、意識そのものが動き、語り続ける。 この小説のぶよぶよとしたはっきりとしない感覚、そして不気味さが癖になる。 読み終えた時、私の脳内に浮かぶのは「わたし」のにぃ、と笑う口元だけである。

  • 終始、抽象的

    もうこの手の作品にはうんざりだ 終始抽象的な表現が続き、読み手の解釈によって小説を完成させる近代文学にありがちな手法 もっと具体的に描き、文章力で読ませる小説を書いてほしいと思う 最後まで何が何だか、一体何を伝えたいのか全くわからない話でした

  • 興味が持てない自分語りが延々と続く

    冒頭から何の面白味もない文体で取り留めのない身辺雑記が地の文で延々続く。語り手含め作中人物のディティールが曖昧にぼかされ、それは狙ってやってるわけだが、私に言わせれば興味の持てない人間の自分語りにひたすら付き合わされているようで、読むのが苦痛だった。受賞作という触れ込みがなければ冒頭で断念していただろう。純文学系の新人賞作品に時折あらわれる、余白を作りながらそれっぽい言葉を並べることでブンガク感を出しているだけの作品ではないだろうか?

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