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海をあげる (単行本)

沖縄書店大賞

海をあげる (単行本)

上間陽子

沖縄で暮らす著者が、性暴力や基地問題、家族との日々を自らの言葉でたどる初めてのエッセイ集。個人的な経験を起点に、沖縄の痛みと希望を静かに掬い上げる。

沖縄性暴力基地問題家族エッセイ

作品情報

言葉を失った日常のなかで、それでも海を手渡そうとする一冊。

筑摩書房から2020年に刊行された単行本。連載をもとに加筆修正し、沖縄で生きる著者が見聞きしてきた現実と、そこからこぼれ落ちる声を丁寧にすくい上げる。

レビュー要約

  • 重いテーマを丁寧に掬い取る誠実さと、静かな強さのある文体が支持されている。読み進めるほどに痛みが残るが、そのぶん記録としての価値を強く感じるという声が多い。

書籍情報

出版社
筑摩書房
発売日
2020-10-29
ページ数
256ページ
言語
日本語
サイズ
13.3 x 1.9 x 19.3 cm
ISBN-13
9784480815583
ISBN-10
4480815589
価格
1760 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/評論・文学研究/外国文学研究/ロシア・東欧文学

♛Yahoo!ニュース|本屋大賞2021 ノンフィクション本大賞 ♛第7回沖縄書店大賞 沖縄部門大賞 ♛第14回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞 「海が赤くにごった日から、私は言葉を失った」 おびやかされる、沖縄での美しく優しい生活。 幼い娘のかたわらで、自らの声を聞き取るようにその日々を、強く、静かに描いた衝撃作。 生きていることが面倒くさい日々が私にあったことは、若い女の子の調査の仕事をしていると、どこかで役に立っているように思う。(……) あれからだいぶ時間がたった。新しい音楽はまだこない。それでもインタビューの帰り道、女の子たちの声は音楽のようなものだと私は思う。だからいま私は、やっぱり新しい音楽を聞いている。 悲しみのようなものはたぶん、生きているかぎり消えない。それでもだいぶ小さな傷になって私になじみ、私はひとの言葉を聞くことを仕事にした。(「美味しいごはん」より) 最後に知るタイトルの意味―― その時、あなたは何を想うか。 ブックデザイン=鈴木成一デザイン室 装画・挿画=椎木彩子 【目次】 美味しいごはん ふたりの花泥棒 きれいな水 ひとりで生きる 波の音やら海の音 優しいひと 三月の子ども 私の花 何も響かない 空を駆ける アリエルの王国 海をあげる 調査記録 あとがき

上間陽子(うえまようこ) 1972年、沖縄県生まれ。琉球大学教育学研究科教授。普天間基地の近くに住む。 1990年代から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わる。2016年夏、うるま市の元海兵隊員・軍属による殺人事件をきっかけに沖縄の性暴力について書くことを決め、翌年『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版、2017)を刊行。ほかに「若者たちの離家と家族形成」『危機のなかの若者たち 教育とキャリアに関する5年間の追跡調査』(乾彰夫・本田由紀・中村高 康編、東京大学出版会、2017)、「貧困問題と女性」『女性の生きづらさ その痛みを語る』(信田さよ子編、日本評論社、2020)、「排除II――ひとりで生きる」『地元を生きる 沖縄的共同性の社会学』(岸政彦、打越正行、上原健太郎、上間陽子、ナカニシヤ出版、 2020)など。現在は沖縄で、若年出産をした女性の調査を続けている。

レビュー

  • 言葉が見つからない

    去年の夏、沖縄にいた。こんなにも自分の知らないところで苦しんでいる人たちがいるのかと思い知った。 また沖縄に行きたい。僕に何ができるだろうか、ずっと考え続けたい。

  • 沖縄のことを私は何も知らない

    星野源さんの推薦やラジオで取り上げられていたことからこの本を手に取りました。 私は関東地方に住んで、沖縄には旅行でしか行った事がありません。 沖縄は県知事選の時や、基地移設が問題になる時など、少し勉強したりしましたがやはり私は沖縄の事を何も知れていません。 本文内で綴られる現地の人々のリアルな声。 著者の上間さんの苦悩。 この本でそれらを、おそらくほんの一部分は知る事が出来ましたが、まだまだ入り口というか、本土の人間が沖縄を知るにはこれからも関心を持たねばと思います。 沖縄に対して、何より無関心、あるいは嘲笑してきたのが、我々本土の人間の沖縄への姿勢なのだなと改めて思います。 ろくでもないインフルエンサーが基地デモを冷笑して、それに多数の人間が同意して乗っかってしまうような時代だからこそ、読まれなければならない本だと思います。

  • 海は流してくれるのか

    「インタビューが終わると海が見たくなる」と著者は言う。 未成年者の母親の調査後、海に立ち寄るという。 これは声なき声だった。 湧きあがらせた声だった。 貰う、貯める.... 海は流してくれるのか。 「(性虐待の)トラウマを聞くのは、 それを聞いた方にもケアが必要です」 著者の講演会を聞いた精神科医から指摘があった。 貰う、貯める.... 海は流してくれるのか。 トラウマがドミノになる... だって赤くなった海は死にそうだ。 死にそうな海はもう流せない。

  • 面白い

    参考になります

  • 私小説かのように美しい

    ノンフィクション大賞受賞ということで手に取ったけれど、読み進めると、これがノンフィクションであることを忘れてしまうくらい、まるで私小説かのような美しい文章でした。 沖縄の逃れられない悲運と、かわいい愛娘への愛情が同時に語られることで、それでも人生は続いてゆくのだと感じさせる。 沖縄に押し付けられた不都合については充分知っているつもりでいたけれど、「分かったつもりでいるなよな」と冷たく突き放された気分だ。

  • 愛情と愛情のバトン

    収録された12編のエッセイは、著者とその家族のこと、沖縄に刻まれた戦争の記憶や米軍基地の問題、家庭内暴力が主なテーマ。 が、それは表のテーマで、通底するコアなテーマは、傷つきや寂しさ、無念さとそれを癒す愛情、そしてその愛情のつながりだと思う 愛情は、同じ時代に生きている人から人へとわたったり、世代を超えて、祖父母・父母から自分たちへ、自分から子どもたちへとわたっている。 あとがきを読むと分かるけど、本書のタイトルである「海をあげる」は、この愛情のつながりを比喩的に表現している。 この本には、死にまつわるエピソードや著者の死生観を感じる文章も多い。 (著者が幼い頃、小学生の妹を長い闘病と幾度もの手術の末に亡くしていることは、著者の人生観や死生観に大きな影響を与えていると思う) 著者のベストセラー『裸足で逃げる』は、著者が困難を抱える女性たちの心に耳をあて続けた愛情の記録とも言えるけど、そこに著者の死生観が混ざると、愛情のつながりが前景化した本書が出来上がるんじゃないだろうか。 あとがきの一番最後に、著者は読者に「私の絶望」を託したと言っている。 けれどそれは、著者が困難を抱えるたくさんの人に愛情を託し続けたことの裏返しといえる。 そして読者は、絶望と一緒に、愛情はこれまでずっとつながり続けてきたのだという希望も託されたのだと思う。

  • 絶望と沈黙を経た末の、やさしい言葉が刺さる

    悲しいだけで泣けるのではなかった。 それを書く言葉がやさしさに満ちているから泣けるのだった。 こんなに「やさしさ」そのものを感じられる文章に遭うのは、記憶にないくらい久しい。 書き手が聞き取りに特化した学者さんだということに、また感じ入る。 10代の女性に話を聞くたびに、あとでひとりで泣き、怒り、吐いたりするひとだ。 エンパシーと共感力は、『僕はイエローでホワイトでちょっとブルー』にも共通するテーマ。 そして、わが子もほかのこどもたちも、みんな包み込んで、かわいさとたいせつさを自分ごととして表現できるひと。 こんな風に語られる風景がオキナワだったのかと、なんとも意外な感じ。 童話のように子どもの視点と母親の視点からふと呟かれる詩的な文章は、どこかまほろばの世界のことのようにも感じられるが、ページをめくると今度は、どうしようもなく現実的な日常が現れて、かなしみの言葉で覆われる。 現実とは、性被害にあった10代女子たちの沈黙の叫びのことである。 普天間の、辺野古の、基地のあるオキナワの叫びのことである。 それを叫べない、呟けない、沈黙のことである。 終わり近くになって、書き手の言葉が「絶望」から沈黙を経てようやく紡がれた言葉たちであることがわかる。 真綿にくるまれたようなやさしさの言葉たちは、本土とオキナワを対照的に俯瞰したときには豹変し、厳しい刃となってこちらに突き刺さる。 決して傍観者ではいられないことを確認する。 叫べない10代少女たちの沈黙。 呟けない基地の島の住民たちの呻き。 本土では熱心な活動家でさえ共感し得ない、そんな沈黙の叫びを、地元出身の書き手は自分ごととしてなんとか腰をすえて胸をひらいて聞き取ろうとする。 そんな絶望の中の厳格なやさしさこそが、絶壁でことばに真綿をくるませているのである。

  • 「感動して終わり」にしてはならない。

    沖縄で、少女や若い女性の調査をすすめつつ、彼女たちの支援に奔走している研究者のエッセイ。 帯には「もう、これ以上泣けないイチオシ本!」とあり、たしかに私も涙を抑えられなかったけれど、本書の根底にあるのは、沖縄の基地をめぐる現状への、それに対する九州以北の人々の無関心への、少女たちへの性暴力やDVや虐待への、それらの背後にある貧困への猛烈な怒りである。泣いてカタルシスを得て「ああ良い本を読んだ」で済ましてしまったら著者はますます絶望の思いを深めるだけだろう。そうであってはいけない。 それにしてもなんと他者の声を聴くことに長け、高い共感性を持つ人だろうと思う。 印象的なフレーズ。 「自分のためにごはんをつくることができるようになれば、どんなに悲しいことがあったときでも、なんとかそれを乗り越えられる。(p.9)」 「あなたの窮地に駆けつけて美味しいごはんをつくってくれる友だちができたなら、あなたの人生は、たぶん、けっこう、どうにかなります。(p.31)」 「三年前にはじめた、一〇代でママになった女の子たちへのインタビューの帰り道では、ときどき吐く。彼女たちがまだ一〇代の若い母親であることに、彼女たちに苦悩が不均等に分配されていることに、私はずっと怒っている。(p.117)」 (「辺野古」県民投票を推進するためにハンガーストライキを始めた若者について)「なんで、若いひとにここまでさせてしまったのだろう。(p.127)」 「私たちは自分の大事にしているよきものを、自分よりも小さなものに渡します。(p.251)」

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