作品情報
遠隔力の概念が近代物理学へつながる道筋をたどる大部の科学史。
山本義隆『磁力と重力の発見』は、みすず書房から刊行された全三巻の科学史研究。第1巻「古代・中世」を起点に、磁力・重力をめぐる自然哲学と近代物理学の形成を追う。
レビュー要約
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出版社紹介は、古代・中世から近代科学の成立へ向かう問題意識を明確に示している。広い文献を踏まえた緻密な叙述が評価される大作である。
書籍情報
- 出版社
- みすず書房
- 発売日
- 2003-05-23
- ページ数
- 324ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 19.4 x 13.1 x 13.1 cm
- ISBN-13
- 9784622080312
- ISBN-10
- 4622080311
- 価格
- 3740 JPY
- カテゴリ
- 本/科学・テクノロジー/物理学/一般
近代物理学成立のキー概念は力、とりわけ万有引力だろう。天体間にはたらく重力を太陽系に組み込むことで、近代物理学は勝利の進軍の第一歩を踏み出した。 ところが、人が直接ものを押し引きするような擬人的な力の表象とちがって、遠隔作用する力は〈発見〉され説明されなくてはならなかった。遠隔力としての重力は実感として認めにくく、ニュートンの当時にも科学のリーダーたちからは厳しく排斥された。むしろ占星術・魔術的思考のほうになじみやすいものだったのである。そして、古来ほとんど唯一顕著な遠隔力の例となってきたのが磁力である。 こうして本書の追跡がはじまる。従来の科学史で見落とされてきた一千年余の、さまざまな言説の競合と技術的実践をたどり、ニュートンとクーロンの登場でこの心躍る前=科学史にひとまず幕がおりるとき、近代自然科学はどうして近代ヨーロッパに生まれたのか、その秘密に手の届く至近距離にまで来ているのに気づくにちがいない。 6年前の著書『古典力学の形成』のあとがきで遠回しに予告されていた大テーマ、西洋近代科学技術誕生の謎に、真っ向からとりくんだ渾身の書き下ろし、全3巻。
レビュー
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すごい!(小並感)
すごい!が読んでみての感想です。 物理学科として読まないわけにはいかないと思い取り敢えず読んでみましたが、想像以上のボリュームでした。 内容は、古代ギリシャから主にヨーロッパでどのように磁石についての知見、原理への考察が発展していったかを追いながら、その背景についても丁寧に調べていくというような感じです。 物理学の学習は基本的にせいぜいガリレオくらいからしか遡らないので、古代、中世の学者についてたくさん知れて楽しいです。私の第一巻の推しはトマス・アクィナスです。 教養となる本として誰でも読めると思います。
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タイパ
私は、生物選択で大学受験し、化学専攻で修士をとり、化学企業の研究員をやっています。 率直な感想として、タイパの悪い本だと思います。使っている漢字も表現も難しいですし、時間かけて読んだ割に、体感2割程度の歩留まりで内容が頭に入った感じです。 成果を出したいなら、新しい技術文献を一報でも多く読んで、手を動かす方が遥かに近道です。なんならしっかり休息してメリハリつけたほうがいいすらあります。 このような科学史を学ぶ意義についても何度も内省しましたが、「わかりません」。むしろ今は言語化しないほうがいいというのが、個人的に抱く答えです。 ただ、科学と共に生きる未来を志すのであれば、本シリーズから学ぶことはとても意味のある遠回りになると信じています。 一作を読み切るたび、自分の中の大切な何かが変わってるはずです。同著者の「世界の見方の転換」も含めて、おすすめします。
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碩学とは本書の著者のような人物を形容する言葉だろう
3巻シリーズの1巻目で、ルネッサンス直前の時期までがカバーされています。まだこの巻しか読んでいないですが、刮目させられる内容、構成となっています。著者自身の序文等でも本書の特徴として強調されている点ですが、一般的な科学史では無視される(飛ばされる)ローマ時代やヨーロッパ中世もカバーしています。輝かしい古代ギリシャの哲学的な自然理解・思考が、ローマ、キリスト教中世と時代が降るにつれて劣化し忘れ去られていく様が、主には磁石に対する言説を通じて鮮明に示されます。それだけに、アラブ・イスラム世界に保存されていたアリストテレスの著作がキリスト教ヨーロッパ世界に紹介されて以降の、ロジャーベーコンらによる、近代自然科学的な思考の芽生えが鮮烈な印象を与えます。また、物理学の専門家の間では常識なのかもしれませんが、私自身は、ケプラーとニュートンによる惑星の運動および重力(万有引力)の「発見」には、磁力の存在と理解とが重要な役割を果たしたことをこの本で初めて知りました。ベーコンらが、後世の「場」の概念に通じるような概念を提唱していたこと、つまり、ニュートンよりもさらに先の時代の自然理解の方法を提唱していたことも紹介されています。
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歴史に残る名著 恐るべき博識
最近の理科系を目指す大学生、高校生、あるいは予備校生にそのこころざしの動機を尋ねると、 山本義隆さんの「磁力と重力の発見」を読んで物理学や数学の面白さを知ったから、と答える者が何人かいた。 驚くと同時に深い感銘を受けた。 「へえ~まるで現代の吉田松陰先生や、著者冥利に尽きるやろ」と そのうれしさに10年前の本を持ち出してあらためて再読した。 この「磁力と重力の発見」三巻本は別巻の「熱学思想の史的展開 熱とエントロピー 」合わせておそらく歴史に残る名著となろう。 わたくしの個人的読書経験では、 世界は違うが、プルーストの「失われた時を求めて」、ドナルド・キーンの「日本文学史」、塩野七生の「ローマ人の物語」読後の戦慄に近い興奮があった。 若い人に記憶してほしいことは、本の内容もさることながら わたくしは現代の吉田松陰と例えたが、実際山本義隆氏は28歳で松陰同様社会的に抹殺され、なおかつ62歳で復活しこころざしを遂げたことである。 著者本人は、序文でこう書いている。 もとより著者は、物理学の教育のみを受けた一介の物理の教師にすぎず、それがこのようなことを言えば大風呂敷のそしりは免れないし、そもそも本書の執筆それ自体が、僭越をとおり越してほとんど無免許運転にも近い無謀であることは重々承知している。 さて、本文である。 「磁石や琥珀がものを引きつける」という不思議な現象を人々はどう説明したのか、 ただただ磁力と重力について紀元前ギリシャ時代から十七世紀まで歴史はどう語ってきたのか、 丹念に執拗に探っていく、 それはまるで広い砂浜で「磁石」という砂粒を探すという気の遠くなる作業であったろう。 すると「磁石」という砂粒ばかりか、砂浜の形や風紋が鮮やかに見えてきた、ということなのだろうか。 結局のところまったく新しい西洋通史、わけても「哲学史」「宗教史」を語ることになってしまったのである。 例えば、「暗黒の中世史」と呼ばれた時代さえ異端と呼ばれた魔術師や技術者たち、歴史に登場しないいわゆるアウトサイダーの証言を集めれば、「光ある中世史」によみがるという次第である。 一介の物理の教師がフリードリヒ2世の「平和思想」を、トマスアクィナスの「スコラ哲学」の核心を、実に正確に簡潔に語るのである。 恐るべき博識というべきである
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「磁力」という観点で記述された、科学哲学史の本
「磁力」という観点で記述された、科学哲学史の本です。 第一巻の本書では、古代(前7世紀)〜中世(12、3世紀)のヨーロッパにおける科学観、哲学観(あるいは宗教観)を、「磁力」という切り口で見通しています。 古代の人間のものの考え方はこんなにも違うのか、というのがわかり、とても興味深いです。 人類は、過去に何回も大きなパラダイムシフトを繰り返してきたことがわかります。
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神の御許で
本シリーズは、物理学史でほとんど省みられることがなかったという、中世ヨーロッパの磁力観について、数々の文献による根拠を挙げながら、当時の思想的・歴史的背景を交えて解説している。本書はその第1冊で、古代ギリシャの近接作用とみなした磁力の思想から中世ヨーロッパの実験的検証による磁力の説明までが語られている。 改めて考えてみると、磁力はきわめて不思議な力である。静電気力は引き寄せる対象を選ばないが、磁力はそうではない。鉄などの限られたものしか引き寄せないし、磁石同士でも引き合うかと思えば、他方反撥もする。このため、古代ギリシャ人は静電気と同じ論理で説明しようとして混乱し、一方で、磁石を"魂"を持つものとして分類する見方も現れた。 キリスト教が絶大な力を持つようになると、自然の原理を探ることは髪への冒とくだ、という思想が蔓延していく。磁石の原理についても言及されることはなくなり、きわめて呪術的な能力を持つものとして、説明されていくことになる。 しかし、イスラム世界との接触を通じて、古代ギリシャの思想が復興を果たすことにより、神学を裏付けるための自然学からの脱却が図られ、疑われることのない思想の伝承が廃れ、自然自体への探求が始まり、また、磁力の特異性から導かれた遠隔作用という概念がケプラーの法則を導く萌芽になったという。 物理を研究している人は、新しいことを何も生まないということで物理学史を軽視しがちであるが、思想の歴史を振り返ることで得られる発想があるかもしれないし、純粋に学問として、物理学史から導かれる歴史観・哲学観があると思う。 ボクのつたない概略では全く偉大さが伝わらないと思うので、哲学や歴史に興味のある人や、大学で物理を学んだ人には、だまされたと思って一読していただければと思う。忙しいときには無理かもしれませんが、きっと損をしたとは思わないと思います。 …ただ、著者の学識が高いせいだと思いますけれど、暇つぶし程度だと思って読むと足下をすくわれるかも知れませんよ?
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磁力と重力をテーマに、近代科学の成立に迫る
近代物理学の成立の要は「力」――万有引力――概念である。ケプラーやフックの業績を引き継いだニュートンは、惑星間に距離の二乗に反比例する引力、すなわち万有引力の法則を導き、これによって地上物体の落下と月の周回を説明し、潮汐現象を定量的に解明し、地球の形状を正しく計算し、さらに彗星の回帰を正確に予測した。 しかし古代ギリシャ以降、力の生じる前提のひとつは「近接」であった。遠隔力の代表的なものである「磁力」の存在は古代ギリシャから知られていたが、それはアリストテレスのような哲学者ではなく、むしろ魔術師たちに親しまれている性質だった。そのため惑星間に「遠隔力」を要求する万有引力の法則は、大陸において大きな反発を受けた。 本書は、古代から磁力がどのように考えられ研究されてきたのか辿り、万有引力の法則によって近代物理学が確立されるまでの、科学”前”史を概観する。 ヘレニズム、ローマ帝国、そして中世に至るまで、古代ギリシャをはじめとした先人の記述を無批判に信用して、例えば「ニンニクを擦り付けた磁石はその引力を失う」「山羊の血はダイヤモンドを壊す」といった言説が長らく引き継がれた。中世において「再発見」したギリシャ哲学をどうやってキリスト教に組み込むか苦闘した学者たち、また大航海時代を可能にしたコンパスの発見に触れ、同時に活版印刷の普及により民衆へと学問が親炙していく過程をみる。16世紀には魔術は、仮説を立てそれを実験により検証するという「自然魔術」にまで昇華され、徐々に万有引力を見出すまでの下地が形成されていく。 物理学史の読み物では、たいていガリレイ、ケプラー、そしてニュートンが運動を数式で記述することを始めた、とあたかも彼らが彗星のごとく現れたように書かれている。しかし本書では、古代から紆余曲折を経て徐々に近代科学への素養が作られ、最終的にケプラー、フックを経てニュートンの『プリンキピア』に至る。彼らが偉大な天才であることには変わりがないが、そこに至るまでにちゃんと下地のできていたことがわかり、最後――近代科学の出発点――は感動的ですらある。 全3巻と長い、「要するに」とまとめることも可能だという批判はわからないでもない。しかし著者は「つまりこの時代は前の時代とどのような視点が異なり、これを明らかにした、しかしここで混乱していて」と常に明示してくれるので、読むのに苦労することはないし、お手軽な読み物よりもずっと多くを学ぶことができる。
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磁力と重力が主人公の物語風な科学思想史
この本3巻とも、磁力と重力が主人公の物語のような科学思想史である。著者は、その歴史を、機械論的要素還元主義と有機体的全体論とがねじれあって進む曲がりくねった流れとして描き出す。その主流は、遠隔作用する力があるか否かをめぐる流れ。幼い主人公たちの成長の物語である。 第1巻では、古代ギリシャから古代ローマのプリニウス「博物誌」を経て中世に入り、アウグスティヌス「神の国」以来1000年のヨーロッパにおける自然研究の停滞に至る流れが物語られる。航海や農業の前進、大学の創設に象徴される学問の発達を背景に、この時代、磁力の認識がゆっくり進展したことが示される。しかし、それはキリスト教世界よりもイスラム教世界の流れに影響されるところ大であった。古代ギリシャ哲学の再評価もイスラム社会がリードした。ペレグリヌスによる磁極の発見が次の時代との画期をなす。 形而上の世界での知恵のすばらしさと形而下の世界での幼稚さが際だち、科学より哲学が圧倒的に優勢な時代であった。
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