日本の文学賞

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書籍情報

出版社
みすず書房
発売日
2021-08-04
ページ数
248ページ
言語
日本語
サイズ
13.7 x 2.4 x 19.5 cm
ISBN-13
9784622090328
ISBN-10
4622090325
価格
3960 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/フランス文学

1938年秋、東京。思想統制によって父を逮捕され、たった一人の肉親を永遠に失った少年、礼は兵隊に破壊された父のヴァイオリンを携えて、父の友人マイヤール夫妻とともにフランスへ渡る。 60余年後。弦楽器職人としてパリに工房を構えるジャック・マイヤール=レイ・ミズサワは、新進ヴァイオリニスト山崎美都理を通じて、踏み込んできた隊の中で唯一、父を救おうとした「クロカミ」中尉の戦後と、死までの人生を知る。そして、礼が12年の年月を費やして修復・再生し、美都理の手に託された形見のヴァイオリンが1938年のその日に父が奏でた曲の調べをホールに響かせたその瞬間、ひとつの円環が閉じ、新しい生が始まろうとしていた…… 日本に暮らす日本人である著者がフランス語で書き、出版後、またたく間にフランス国内はもとより各国で高い評価を得た小説、Âme briséeを著者自身による翻訳で贈る。

アキラ・ミズバヤシ(Akira Mizubayashi) 1951年、山形県生まれ。東京外国語大学フランス語科卒業。1973年よりフランス、ポール・ヴァレリー・モンペリエ大学に留学後、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。1979年よりパリ高等師範学校ENS-Ulm留学。パリ第7大学博士課程修了。第三期課程博士。本書Âme brisée, 2019に先立つフランス語の著作に、Une langue venue d'ailleurs, 2011, Mélodie, chronique d'une passion, 2013, Petit éloge de l'errance, 2014, Un amour de Mille-Ans, 2017(以上、Éditions Gallimard)、さらに、Dans les eaux profondes(Arléa, 2018)がある。 水林章(みずばやし・あきら) 1951年生まれ。上智大学名誉教授。著書に『幸福への意志――〈文明化〉のエクリチュール』(みすず書房 1994)、『ドン・ジュアンの埋葬――モリエール『ドン・ジュアン』における歴史と社会』(山川出版社 1996)、『公衆の誕生、文学の出現――ルソー的経験と現代』(みすず書房 2003)、『『カンディード』〈戦争〉を前にした青年』(同 2005),『モーツァルト《フィガロの結婚》読解――暗闇のなかの共和国』(同 2007),『思想としての〈共和国〉[増補新版]』(共著、同 2016)ほか。訳書に、J-M・アポストリデス『機械としての王』(同 1996)、D・ペナック『学校の悲しみ』(同 2009)ほか。自著の日本語への翻訳は本書が初となる。

レビュー

  • 満足

    大好きな一冊です

  • 読みたかった本

    なかなか近所の本屋では目につかなかった本なのでアマゾンで手に入りたすかりました。

  • 1938(昭和13)年に蛍光灯?

    64ページまでのアレグロ・マ・ノン・トロッポまで、1938年(昭和13年)の東京が舞台だが、「蛍光灯」が3カ所出てくる。戦前の日本に蛍光灯があったと私は認識していない。白熱灯だ。Webでも調べたが販売は戦後。猛烈な違和感と蛍光灯が頭に残り、ストーリーの展開が面白くなり掛けていたのを邪魔する。 著者・翻訳者、編集者とも気が付かなかった? それともあえて記載した?

  • A beautiful, moving story.

    An amazing, beautiful story.

  • 音楽小説として飛びぬけて感動的な作品

    音楽をテーマにした小説は、ミステリーを含めて少なくない。特定の音楽作品からインスピレーションを得る手法はよく見かける。その意味では、本書もそうしたジャンルと言えるのだが、書評子がこれまで読んできた音楽小説の中で、本書は飛びぬけて感動的な作品である。 2年前にフランス語の原書を出版したガリマール書店の紹介文には「アキラ・ミズバヤシは、記憶、固定された場所から引き抜かれること、そして(通常であれば)起こり得ない哀悼、という問いを探求している」とある。この一見よくありそうな主題が、本作品では、軍国主義の時代の日本から7、80年隔たった現代のフランスと中国と日本という時間軸、そして弦楽四重奏、ヴァイオリン独奏、弦楽器製作という文化・環境軸を交差させながら展開される。 この作品を読み始めて感じるのは、やや特異な章・節立てである。「瞑想のとき」と「エピローグ」の間にある4章――「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」「アンダンテ」「メヌエット・アレグレット」「アレグロ・モデラート」――は、シューベルトの弦楽四重奏曲《ロザムンデ》の章立てだが、各章がさらに細かい節に分けられている。ちょうど、オペラの幕中の一つの場がさらに分割され、前の節の終わりの情景が、次の節の冒頭で繰り返される。しかも節によってはわずか数行のものもあり、頁はどんどん進むのだが、最初はこの冗長さにやや面食らった。しかし、この特異な章・節立てが、現代の小説やミステリーにありがちな奇をてらった構成に比べてはるかにシンプルであることで、読者は一種の安心感を伴って物語の展開に身を委ねることができる。 とはいえ、フランス語の原書が文学賞を受賞したことと、このシンプル過ぎる物語の展開の対照に違和感を覚えながらページをめくっている内に、本書の価値が少しずつ姿を見せ始める。アマチュアのヴァイオリニストであった主人公の父と、一曲弾くように依頼した中尉の孫であるヤマザキ・ミドリという設定がピークを迎えるのが、主人公夫妻が招待されたパリでのヤマザキの演奏会である。ここには、ガリマール書店の紹介文にある「記憶、固定された場所から引き抜かれること、そして(通常であれば)起こり得ない哀悼、という問い」への答が凝縮されている。 本書には、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』が、もう一つの文化・環境軸として用いられ、主人公の人間形成と、弦楽器製作とは別の翻訳という仕事の形で役割が与えられている。これは著者、あるいは主人公のモデルとなった人物の体験を活かそうとしたのだろうか。とはいえ、書評子にはこの個所が本書にとって余計に感じられてしまう。 同じく、主人公の部屋の「祭壇」の描写で本書は閉じられるが、その中で非宗教性が強調されている。これも著者、あるいは主人公のモデルとなった人物の考え方を反映しているのだろうか。少なくともこの宗教批判は、日本ではともかく、フランスではどのように受けとめられたのだろう。浅薄とも思えるこの締めくくり方が、本書の価値を下げてはいないかと懸念を覚えてしまう。 とはいえ、音楽小説として、本書が飛びぬけて感動的な作品であることは間違いない。

  • まるで古典的なフランス映画のような小説

    『壊れた魂』。素晴らしい小説だった。格調の高いしかしとても読みやすく美しい文章によって、シューベルト、バッハ等の音楽への愛と、暴力への抑制されながらも強い怒り、死者への深い哀惜の想いが交錯する物語の余韻は深く、読みながら何度もため息をついた。 この映像的な物語は映画化も検討されているとのことなので、この詩的な物語がどのような形で実際の映像になるのかも時折考えながら読み進めていたから、読み終えて古いヨーロッパの映画を見終わった時のような充実感を感じた。

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