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ニジンスキー――踊る神と呼ばれた男

読売文学賞

ニジンスキー――踊る神と呼ばれた男

鈴木晶

舞踊史家の著者が、ニジンスキーの生涯と作品を資料に基づいてたどり直す評伝。

バレエ舞踊史評伝20世紀芸術

作品情報

跳躍の天才の軌跡を、資料と写真で追う。

みすず書房刊。ダンスに革命を起こしたワツラフ・ニジンスキーの生涯を、写真や舞踊譜を交えて再構成した評伝。

書籍情報

出版社
みすず書房
発売日
2023-07-05
ページ数
432ページ
言語
日本語
サイズ
21.6 x 15.1 x 2.7 cm
ISBN-13
9784622096214
ISBN-10
4622096218
価格
5720 JPY
カテゴリ
本/エンターテイメント/ステージ・ダンス/ダンス・バレエ

〈本書が対象とするのは、見者としてのニジンスキーではなく、ダンサーかつコレオグラファー(振付家)としてのニジンスキーである。 20世紀にはヌレエフ、バリシニコフ、熊川哲也といったスーパースターたちが、バレリーナたちに劣らず、いやバレリーナたちよりも観客を魅了してきた。そうした男性スーパースターたちの系譜の先頭に位置しているのがニジンスキーである。ニジンスキーから男性ダンサーの時代が始まったのである。 その類い稀な跳躍力によって一世を風靡したにもかかわらず、最初の振付作品には小さな跳躍が一つあるだけだ。それだけでなく、その作品『牧神の午後』はバレエの二大原理、すなわち開放性と上昇志向性を否定した。そのニジンスキーの勇気ある一歩から、現代バレエが生まれたのである。〉 さまざまな創作の源泉ともなっている伝説の舞踊家ニジンスキー。その生涯を、豊富なバレエ鑑賞経験に基づき、貴重な資料と写真を駆使して再構成した、バレエ史研究の第一人者による待望のライフワーク。 目次 第一章 生い立ち 生年月日をめぐって/ニジンスキーの兵役/ポーランドという国/父トマシ/母エレオノラ/幼少期/父が家を捨てる 第二章 帝室バレエ学校 I 世界一のバレエ学校 サンクトペテルブルク劇場学校バレエ科/入学試験 II 教師たち ヨハンソン/ゲルト/レガート兄弟/オブホフ/シリャエフ/チェケッティ/クリチェフスカヤ III 舞台に立つ フォーキンとカルサヴィナの驚き/『魔法の鏡』/『人形の精』/『パキータ』/『パリの市場』/『アキスとガラテア』/ミハイル・フォーキン/『ドン・ジョヴァンニ』/『庭師王子』/『エウニケ』/『ショピニアーナ』/『動き出したゴブラン織り』 IV 私生活 生活苦/いじめ/素行不良/級友たち/兄スタニスラフ/父との訣別/ガールフレンド、マスターベーション/第一次革命/若き振付家 第三章 マリインスキー劇場 I 帝室劇場バレエ プティパ以前・以後/1905年革命/レパートリー II マリインスキー劇場のニジンスキー 『海賊』/『パキータ』/『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』/『泉』/『ジゼル』/クシェシンスカヤ/『ライモンダ』と「ノクターン」/『アルミードの館』/「青い鳥のパ・ド・ドゥ」/『四季』/『赤い花』/ボリショイ劇場の『バヤデルカ』他/『エウニケ』/パヴロワと「青い鳥のパ・ド・ドゥ」/『エジプトの夜々』/『ショピニアーナ』第二版/パリ進出計画/二年目のシーズン III リヴォフとディアギレフ リヴォフ公爵/ディアギレフ/リヴォフからディアギレフへ 第四章 パリへ、世界へ I 第3回ロシア・シーズン(1909) ディアギレフとバレエ/歴史的公演の準備/マリインスキー劇場バレエ団の引っ越し公演/シャトレ座、1909年5月18日/『レ・シルフィード』と『クレオパトラ』/祭りの後 II 第2回バレエ公演(1910) マリインスキー劇場1909/10シーズン/ふたたび西欧へ/その後のパヴロワ/『シェエラザード』/『火の鳥』/『カルナヴァル』/『ジゼル』/「シャムの踊り」と「コボルト」/ニジンスキーの練習法 III バレエ・リュス誕生 『ジゼル』事件とディアギレフ一座の結成/『薔薇の精』/『ナルシス』/『ペトルーシュカ』/三人のバレリーナ/『白鳥の湖』/ロシャナラ/ディアギレフとニジンスキーの性生活 第五章 振付家ニジンスキー I 『牧神の午後』 振付の挑戦/壺絵の啓示/詩からバレエへ/振付と稽古/初演/バレエと性/ニジンスキー自身による舞踊譜/ニジンスキーの写真/ニジンスキーとチャップリン/フレディー・マーキュリーの牧神 II 引き続きダンサーとして 『青い神』/『ダフニスとクロエ』 III 『遊戯』 制作の経緯/テーマと内容 IV 『春の祭典』 起源/曲の構成/ダルクローズ・メソッド/伝説の初演/復元版『春の祭典』 第六章 転落 結婚/南米へ/ニジンスキー・バレエ団/戦争捕虜/アメリカへ/アメリカとバレエ/ニューヨーク/『ティル・オイレンシュピーゲル』/全米ツアー/スペインと南米/スイス/トルストイ 第七章 闇の中へ サンモリッツ/ニジンスキーの絵/神との結婚/『ニジンスキーの手記』/ブロイラー/ベルヴュー/母と妹/その後のニジンスカ/ディアギレフとの「別れ」/三度目のベルヴュー、伝記と手記/インシュリン・ショック療法/最後の日々/家族のその後 註 主要参考文献 あとがき バレエ作品索引 人名索引

鈴木晶 (すずき・しょう) 1952年生まれ。東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業。法政大学名誉教授。専門は精神分析思想史と舞踊史。精神分析に関する著書に『フロイト以後』(講談社現代新書)など。訳書は、フロム『愛するということ』(紀伊國屋書店) 、キューブラー・ロス『死ぬ瞬間 死とその過程について』(中公文庫)、ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』(河出文庫)、ゲイ『フロイト』、グレイ『猫に学ぶ』(以上、みすず書房)など多数。舞踊史の分野では、『踊る世紀』『バレエ誕生』『バレリーナの肖像』『オペラ座の迷宮』(以上、新書館)、『バレエとダンスの歴史』(編著、平凡社)などの著書、『ニジンスキーの手記 完全版』(新書館)、スヘイエン『ディアギレフ 芸術に捧げた生涯』(みすず書房)、『オックスフォード バレエダンス事典』(監訳、平凡社)などの訳書がある。 *ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

レビュー

  • 古典バレエの世界に革命を起こしたトリックスターの物語

    「踊る神と呼ばれた男」の評伝。著者は「踊る神」の事績を誕生から丁寧に追っていく。多くの証言をまとめる。綺羅星のような人物たちが「踊る神」の周囲に布置される。音楽家も多い。本書を通じて認識を新たにしたが、『牧神の午後』『火の鳥』『シェエラザード』『ペトルーシュカ』『ティル・オイレンシュピーゲル』といった楽曲はバレエ音楽だった。いつもバレエを切り離して音楽をのみ楽しんできたが音楽と踊りは密接に関係している。 「踊る神」は、その音楽性においてもずば抜けていた。そのことを示す部分を以下に抜粋してみる。「ニジンスキーは驚くほど(音楽的な)耳が良かった。曲を一度聴くとすぐにピアノが弾けたという。(略)ただし楽曲をすべて暗譜で弾くので、楽譜を読むのは苦手だった、(略)モーリス・ラヴェルと連弾している有名な写真があるが、あれはけっして撮影用のポーズではなく、実際に連弾しているときに撮影されたものである(p122)」。「バレエが、オーケストラがある楽譜を演奏するときと同じように準備され、稽古されるのはこのときが初めてだった。この新しいテクニックにおいて、ニジンスキーはその振付家としての才能を本当に示した。彼は、オーケストラの指揮者が楽譜の一つ一つの音を聞き取るように、振付け細部をひとつも見逃さずに、稽古を進めるのだった。これまでに『牧神の午後』ほど、音楽的・舞踊的厳密さをもって踊られたバレエはなかった。一本一本の指先にいたるまで、身体のすべての位置、舞踊の位置が、振付の厳密なプランに従って決められていた。このバレエを踊ったダンサーの大多数は、ワツラフの振付が理解できなかった(p222)」。「これまでのニジンスキー版以外の版はすべて、曲のもつ重奏リズムをダンスで表現していないように思われる。たとえばベジャールも、大まかなリズムで振り付けたと語っている。ホドソンのいうように、重奏リズムをすべて馬鹿正直にダンスに置き換えようとしたのはニジンスキーだけだったのではなかろうか。さんざんニジンスキーの悪口を言っていたストラヴィンスキーは、(略)『私が見たすべての『春の祭典』のなかでニジンスキー版が最高だと思う』と語った(p274)」。リズムへの感受性という点では次の点も引用できるかもしれない。ニジンスキーの『手記』に次のようにある。「わたしの脈拍は地震だ。私は地震である。もし地震がなかったら、地球の火は消え、それとともに人間の生命もすべて消えてしまうだろう。(・・)地震は地球内部の震えから生じる。地球の内臓は理性である。(・・)私は地球が窒息しつつあるのを感じる。地球は喘いでいる。地球は地震を起こす。私は地震がどうのようなものかを知っている。人々は地震を忌み嫌い、地震がなくなるようにと神に祈る。私は地震を望む。地球が息をしているのがわかるから。人々は地震を理解できず、神を恨む。人々は自分たち自身が地震を招いたのだということがわかっていない。人は言うだろう、地震は地球の震動によって起こるのであり、地球がまだ冷えていない証拠である、と。私は人々が間違っていることを知っている。私にいわせれば、地震の原因は地球の窒息である(p322)」。 ニジンスキーの舞台での様子については次のようにある。「(ニジンスキーの妹の)ブロニスラワはその回想録において、兄の青い鳥に一章をまるごと割いている。彼女によれば、それまでの青い鳥はいずれも紋切り型で、『青い鳥の衣装をつけた王子』にしか見えなかった。だが、ニジンスキーはそれまで見たことのない青い鳥を創造した。(中略)ここに古典バレエの醍醐味がある。古典バレエにおいては振付が厳格に決まっている。天才ダンサーは、それを一つも変えることなしに、それまで人が見たことのなかった踊りを見せる。そのとき、振付(それ自体は死んでいる)に生命が吹き込まれ、見る者は、この踊りのためにこそ、この振付があったのだと思うのである(p102,3)」「(舞台の)袖はニジンスキーの踊りを一目見たいというダンサーでごった返していた。その中には、ディアナの踊りを終えた(アンナ・)パヴロワもいた。ニジンスキーが踊った後の大歓声を耳にしてパヴロワはブロニスラワに『すごい大歓声ね。私が踊ったときの喝采よりも大きいわ』と笑いながら言った(p117)」。「舞踊にも造詣の深かったハリー・ケスラー伯爵が作家ホフマンスタールに宛てた手紙は、ロシア・バレエに熱狂した人びとの声を代表しているといえよう。『(ニジンスキーはまるで)蝶のようだが、同時に、男らしさや若さの美しさの象徴でもあります。バレリーナたちも彼に劣らず美しいのですが、彼が登場すると霞んでしまいます。観客は熱狂していました。もしあなたが(シュトラウスと共同で)バレエを書くとしたら、どうあってもこの若きニジンスキーに躍らせなくてはなりません。・・(p157,8)」 ニジンスキーの人物像について以下に引用してみる。その崩壊の過程についても知ることができようかと思う。「『ニジンスキーは、踊っているときはまさしく天才だが、踊っていないときはぼーっとしていて愚鈍にさえ見える』という印象は、何人もの人が回想録に書き残している(p48)」「バレエでは右に出る者がいなかった反面、学業はおよそ苦手だった。(略)妹ブロニスラワは学業面でもつねにトップだったが、それとは対照的に、ワツラフは一貫して『肉体で思考する』タイプだった。(略)興味あることしか勉強しようとしないタイプだったのである。その点でも、彼はアスペルガーとか自閉症スペクトラムと呼ばれるタイプに近かったのではなかろうか(p70,1)」。「ニジンスキーは『ふつうの人間でない者」を演じるときには無類だった。だが、『ふつうの男』を演じるのは得意ではなかったのだ(p170 )」「あの偉大な芸術家の思い出すべてを通じて繰り返し浮かび上がってくるのは、あの皮がむけて血が出ている親指の思い出だ。彼は考え込み、夢の世界に入り込み、そこからまた帰ってくるのだった。束の間の眩しいような笑みで、時折、顔がぱっと明るくなった。(・・)私はすぐに彼のことが好きになった。(・・)会った瞬間に、私の前にいるのが天才だということがわかった。(・・)彼はつねに完成度の高さに拘ている。彼の理想はあまりに高く、もはやこの世のものではない。(・・)彼が身にまとっている雰囲気は、なんと表現したらよいだろう。圧力過多だ。彼の内には驚異的な衝動、パワーの強すぎる精神の発動機があり、おそらく現在でさえ、最終的崩壊に向かって疾走している。それ以外には、彼には異常なところはひとつもない。(p312:R・E・ジョーンズによる1945年の証言)」『ニジンスキーの描いたマンダラは、このユングの記述とぴったり合致する。彼の心は均衡を取り戻そうと必死に信号を発していたのである(p336)」。「(現存在分析の始祖として知られるR・ビンスヴァンガーは自分の経営するサナトリウムで入所者のニジンスキーにダンス・リサイタルを勧め催した)ビンスヴァンガーはニジンスキーの踊りを『自殺と狂気の踊り』と名づけた。彼の眼には、ニジンスキーが狂人の役を演じているように見えた。ニジンスキーの踊りを見たのはこのときが初めてだったが、その恐ろしいほどの演技力に驚愕した。ビンスヴァンガーはこの舞踊公演に関して二つの重要が点に注目している。一つはニジンスキーに霊感が訪れるまでに、つまり平たくいえば『乗ってくる』までに、ひじょうに長い時間がかかったことと、踊りの最中は意識が濁っているように見えたこと、そして踊り終えた後しばらくは、ひっきりなしにタバコを吸うような、ひどい興奮状態が続いたことである。これはバレエ・リュス時代にニジンスキーのまわりにいた人々が残している証言とぴったり一致する(p348)」。 評者なりに本書をまとめると、ニジンスキーという古典バレエの世界に革命を起こしたトリックスターの物語である。その意味からも、一作だけ現役時代のニジンスキーを見ることができうるならば『ティル・オイレンシュピーゲル』を見たく思う。巻末には索引が用意されている。歴史上の錚々たる人物が登場する。日本人も登場する。故・河合隼雄元文化庁長官も登場する。ニジンスキーをめぐる人々の話題、余談も興味深い。

  • 不世出の天才ダンサー、ニジンスキーの生涯を描く

    「はじめに」に「本書が対象にするのは」「ダンサーかつコレオグラファー(振付家)としてのニジンスキー」と書かれているように、マリインスキー劇場時代も含め、ニジンスキーの「踊り」の部分について詳しく描かれている。著者は四半世紀前に『ニジンスキー 神の道化』を書いているが、「あとがき」によると、「前著をそのまま残した部分も若干はある」とのこと。同書を私は未読なので判断はできない。 生年、生誕の地、両親、兄と妹、ニジンスキー自身の帰属意識(正式にはポーランド人だが、自身はロシアを母国としていた)ことから、極めて詳細に生涯を辿っていく。学校時代、さらに「あとがき」でも書いているようにマリインスキー劇場時代なども、様々なエピソードが重ねられていく。卓抜した跳躍力と演技力があったものの、口下手(著者は、言語コミュニ―ケーションが不得手で、「コミュ障」だったとしている)だったこともあって、いじめられていたことなど、興味深いエピソードだ。体型は、お世辞にもスラっとしていたわけではないが、踊り始めると、その場に居合わせた者たちの目を引き付けずにはいられなかったようだ。 リヴォフ公爵やディアギレフとの関係も、ニジンスキーが持つバイセクシャル傾向(後半生でもこのことは出てくる)に加え、ステップアップや贅沢な暮らしへの憧れだけが理由だったわけではないようだ。 著者はニジンスキーをダンサーとして卓抜だっただけでなく、振付家としても高く評価している。これは、公式に振り付けを認められている作品だけではなく、『薔薇の精』(公式にはフォーキンの振付だが、「少なくとも部分的には、ニジンスキーの振付作品と見なすこと」ができると著者は書いている)なども含まれている。 ニジンスキーの跳躍や振り付けた作品の映像が残されていないのは残念でならない。しかし、著者が書いているように、逆に想像して楽しむことも可能である。ニジンスキーは、そういった意味でも私たちの想像力を惹きつける存在である。 分からないこと、判断ができないこと、推測であることなどは、その点が明記されているので、記述全体には信頼がおける。また、2022年に刊行されたリン・ガラフォラの『La Nijinska』(邦訳はない)を参考にしているようで、妹のブロニスラワに関してもかなり詳しい。ブロニスラワも高く評価しているので、ぜひ、同書の翻訳も出して欲しいものだ。

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