日本の文学賞

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〈盗作〉の文学史

日本推理作家協会賞

〈盗作〉の文学史

栗原裕一郎

『〈盗作〉の文学史』は、栗原裕一郎による作品で、2009年の受賞作として記録されている。作品名と著者名で国立国会図書館サーチを確認し、単独書籍として一致する資料がある場合のみ紙書籍の識別子を採用した。

受賞作現代文学刊行形態

作品情報

栗原裕一郎の『〈盗作〉の文学史』は、受賞歴と刊行形態を手がかりに読まれる作品である。

栗原裕一郎による『〈盗作〉の文学史』について、単独の単行本・文庫・短編集として確認できる資料を優先し、掲載誌や雑誌号の識別子は除外した。受賞作そのものを対象に、刊行状況と書籍としての同定可能性を中心にまとめている。

書籍情報

出版社
新曜社
発売日
2008-07-01
ページ数
480ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784788511095
ISBN-10
4788511096
価格
6310 JPY
カテゴリ
本/人文・思想/本・図書館/著作権

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レビュー

  • 分厚いけど一気読みできる面白さ

    図書館で借りて読んだけど面白すぎるので購入。小難しい本ではなくややゴシップ的な意味で楽しめる。開高健の盗作騒ぎ(開高がされた側)は知らなんだ。とにかく著者の労力が半端ない。よくぞここまで調べたものだと頭が下がる。盗作に関する界隈の騒ぎかたは規模こそ違えど今も昔も変わらず、表現に振り回された人々のある種滑稽な人間模様が物悲しい。

  • 盗作だと騒がれた小説たち

    この「〈盗作〉の文学史」は、これまで日本で、この小説は盗作だと騒がれた作品を たくさん集めて振り返り、一冊の本としたもので、 なので、盗作の・文学史、ではなく、盗作の文学・史である。 序章の明治初期例から、後半のインターネットで追及される時代編まで、 たくさんの事例が挙げられている総集編。 その当時大きな話題になった事件は、個別に章立てしていて、文章も多いが、 元本の文章と二つ並べてみると、実はそれほど似てもいないものもある。 一方逆に、その当時大きく採り上げられなかったが、実は である調を、ですます調に変えただけで、あとはそっくり同じ、というのもある。

  • 盗作と倒錯

    「本書は、文芸作品をめぐって起こった盗作事件の蒐集と分析と検証を目指したものである。 明治の近代文学黎明期から最近の事件まで、できうるかぎり発掘し取り上げている。 ……実際、盗作事件というのは、調べれば調べるほど、どれもこれもたいていしょぼくて せこくて、ときに笑ってしまうほど情けない。 それはしかし、かならずしも盗作という行為そのものの“しょぼさ”さけに依っている わけではない。事件を語る言葉の貧しさ、報道するマス・メディアの姿勢からもたされる 印象でもある。いやむしろ、盗作事件とは本質的にメディアの問題であるとさえいえるほどだ」。 「“他人の作ったものを失敬した”というだけのことであって、そもそもが“深み”だの “奥行き”だのが期待されるテーマではない」との冒頭の宣誓の通り、具体的な過去の 騒動を通じて、著作権や創作の可能性を考える、といった趣のテキストではない、 だったらこのサブタイトルの厳めしさはどうなんだ、と思わないこともないが。 オマージュや本歌取りとパクリの差とは、なんてことも話題の中心となるものではない。 あくまで本書は、盗作が発生したとされるテキスト間の引用・比較、あるいはそれに 関する報道について、膨大な資料を参照しつつ、かき集めた一冊。例えば、昨今の ネット上の炎上騒動が取り上げられていたりもする。 ある面、本書のハイライトは『 黒い雨 』事件のまとめのことば、すなわち「資料も多く、 比較的活発な議論がなされてきたかに表面的には見えるけれど、豊田、相馬、猪瀬(と 谷沢)ら主要論者たちの見解の摺り合わせすら、じつのところ、ろくにされなかった。 だれもかれも都合の悪いところはお茶を濁すか一方的な決めつけでやり過ごしただけだった というと言い過ぎだろうか」。 権威が(笑)抜きで権威として成立してしまう、もはや前時代の遺物として文壇(笑)。 論理的に議論を構築することを知らない不毛な世界の不毛な風景を盗作というテーマを 通じて炙り出すことにこそ、本書の快楽はある。 創作と公共性を考える、なんて高邁なことを欲するならば、 レッシグ でも読んでいた方が いいだろう。文学に“深み”や“奥行き”を期待するのならば、盗作問題なんて気づかぬ ふりを決め込んで、お好きな作品をめくる方がよほど生産的。 「新潮148センチ」(p.355)をはじめ落丁、変換ミスもやたらと目につく。 あくまで“しょぼさ”を“しょぼさ”として楽しめる野次馬向け、ゴシップめいた労作。

  • 結構盗作あり、結構笑い

    文豪といわれている作家でも、結構、盗作まがい(?)のことをしていて、この本はおもしろい。 以前に購入して、本棚にあり目にとまり、再読しました。 指摘されていても、当の作家は、盗作を否定して、自分の創作だと主張します。 そのやり取りが記述されていて、また、それに想像力(創造力)をかき立てます。 多くの作品は、模倣から始まるということでしょうか。 文学で賞を取った本人が、「受賞の言葉」までが盗作だった、というのがありました。 「なかなかやるねえ」と叫びました。 そして、笑いました。 本人は、「盗作をした」と思っていないかもしれません。 あるいは、「ばれない」と思ったかもしれません。 この本から思い出したことがあります。 以前の仕事場で、ある人が、ほとんど「本の丸写しの」論文を、 その仕事場(高等教育機関レベル)の研究紀要に掲載しました。 やっぱり明らかにされて、 次の仕事場(高等教育機関レベル)に異動しました。 やっぱり、そこでも、丸写しした新しい論文を研究紀要に投稿していました。 「一度あることは、二度ある」ということでしょうか。 「なかなかやるねえ」と思いました。 あるいは、気にせずやれてしまうということでしょうか。 この本から、私が見たことを思い出しました。 学生のレポートだって、コピーアンドペーストがいっぱいあります。 それを見抜くソフトウェアもあります。 独創的な文章はなかなか書けないか、 あるいは、やっぱり模倣は許されるということでしょうか。 やっぱり、最後は笑いました。

  • 盗作事件から見る文学史

    日本における盗作騒動をまとめた本。概要は以下のとおり。 ・検証の対象となっているのは小説を中心とした文芸作品 ・明治期〜2008年頃までの盗作事件を紹介 ・特にページを割かれているのは,庄司薫,大藪春彦,山崎豊子,田口ランディなど ・出典,資料がかなり律儀に紹介されており,読者の調査の役にも立つ ・巻末に「人名・書名・メディア索引」「事項索引」「盗作事件年表」が付されていて,自分の気になる作家や評論家が,盗作事件にどのように関わっているのかがすぐに分かる 特に注目すべきは,「盗作」に対する著者のアプローチだろう。「まえがき」には次の一文がある。 ・本書では基本的に,何かしら議論や波紋を呼んだものを盗作事件と考えている。(p.13) 「盗作」を論じるに際しては,何がそれに当たるかをまず明らかにしなければならないが,実のところこれは非常に難しい。そこで本書は視点を変えて,「盗作」ではなく「事件」に焦点を当てた。規範的評価から距離をとることで,幅広い資料の収集・開示が可能となったともいえる。たとえば,倉橋由美子の件(pp.63-)など,モラルの問題というよりも,むしろ審美的な議論と見た方がしっくりとくる。 かといって許される「引用」か否かにつき,本書が全く無自覚というわけではない。立松和平の件(pp.263-)について,立松の断筆を迫った日垣隆と,『産経新聞』の匿名コラムの見解を併記して,後者を「妥当」と評したり(p.272),あるいはまた,井伏鱒二『 黒い雨 』をめぐる騒動(pp.282-)について,「松本鶴雄の総括がなかではいちばん中立的かつ客観的」と評したりしているからである(p.307)。だが最終的な当否の判断は読者に委ねられているようで,だからこの本は全体的に,かなり引用の多い本になっている。 このほか,山崎豊子を「著作権ということを十分知らなかった」などと酷評した丹羽文雄が,数年後に同様の事件を起こして見苦しい弁明を出したといった,微笑ましい(?)エピソードなども収められていて(p.203,p.204),読んでいてなかなか楽しい。文壇史に興味がある人にはおすすめの一冊です。

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