作品情報
地表のどこにいても、行動と言葉はエレメントに巻き込まれていく。
左右社公式、CiNii Research、CDJapan の書誌を確認。2010年刊の受賞対象版の ISBN を採用し、後年の complete 版 ISBN は流用していません。
レビュー要約
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移動と世界認識を詩の運動として組み上げる構成が魅力で、批評的な詩を好む読者に向く。
書籍情報
- 出版社
- 左右社
- 発売日
- 2010-09-30
- ページ数
- 104ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 13.2 x 1 x 18.3 cm
- ISBN-13
- 9784903500416
- ISBN-10
- 4903500411
- 価格
- 4531 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
地に水に火に風にーー 五感をゆさぶる文で読者を魅了する比較文学者 待望の第一詩集! 「4×4×4×4=256。 やがてこの256篇4096行がかたちをとるとき、 地水火風がいかに私をつらぬき私を造形するかをめぐって、 一定の回答が得られるのではないかと思う。 ぼくにとって詩とは、 第一義的には「私」がさらされるそれらの力に対する言語的な応答であり、 その痕跡の記憶術だ」 「詩の読み書きは私たちを絶えずエレメントの力にさらし、 そのまま次の行動へと駆り立てる。 そして次の行動、それはいつも、 ただ単純にいって、生きることだ」 (あとがき) [著者紹介] 管啓次郎(すがけいじろう) 比較文学者、翻訳家。明治大学大学院教授。 著書に『本は読めないものだから心配するな』『コロンブスの犬』『コヨーテ読書』『オムニフォン』『斜線の旅』など。
レビュー
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詩とはなんなのだろう
ブックカバーには草原の写真。やや強く風が吹く。そこが詩への入口。一歩踏み入れば、どこからか言葉が現れ、そして消えてゆく。残像を追えないままに、また次の言葉が現れ、いつか草原のさまよいが始まる。どこへ/までゆくのかと思えばめまいを覚え、しかし言葉はときに真実の光となり、ときに美しく像を結びたゆたうゆえ、気がつけば64篇の詩たちとの出会いは終わっている。 詩とはなんなのだろう。著者は「第一義的には「私」がさらされるそれら(=地水火風:筆者注)の力に対する言語的な応答であり、その痕跡の記憶術だ」という。ならばなぜ他人がその詩を感受できるのか。その答えもこの詩集の中に見つけることができるだろう。
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五感が研ぎすまされる詩集/詩学集
出会ってハッとする言葉がある。魂が目覚めるような感覚。読みながらそんな感覚を何度も味わうと、海や森ですごい景色に出会ったときのような衝撃を、言葉だけで与えようという試みが詩なのかもしれないと思えてくる。例えば、「海が上陸してくる、その海岸で 波が立ち上がり歩いてくる、その海岸で」、「私とはただ無において統合された目、耳、手、声」など。五感が研ぎすまされる、詩集であり詩学集である。
関連する文学賞
- 萩原朔太郎賞 第19回(2011年) ・候補