日本の文学賞

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埴谷雄高

はにや ゆたか

Haniya Yutaka

別名: 般若 豊
ペンネーム: 宇田川嘉彦初期の著作で使用した筆名(例:『フランドル画家論抄』), 伊藤敏夫翻訳などで用いた別名(例:『ダニューブ』の訳名義)

プロフィール

性別
男性
生誕
1909-12-19 (日本統治下台湾・新竹市)
死没
1997-02-19 (日本・東京都武蔵野市吉祥寺) 87歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
新竹(生誕地) → 屏東(幼少期) → 東京都(移住後) → 武蔵野市吉祥寺(晩年)

経歴

職業
評論家, 小説家, 翻訳家, 編集者
活動期間
1939年〜1997年
所属
日本共産党(入党:1931年), 雑誌『近代文学』創刊参加
影響を受けた人物
マックス・シュティルナー, ウラジーミル・レーニン, フョードル・ドストエフスキー, イマヌエル・カント, アナキズム
影響を与えた人物
安部公房, 高橋和巳, 辻邦生, 倉橋由美子, 北杜夫, 加賀乙彦

学歴

日本大学
期間: 1928-1930
国: 日本
予科に編入後、1930年退学(中退)

受賞歴

谷崎潤一郎賞
1970
対象作品: 闇のなかの黒い馬
主催: 谷崎潤一郎賞選考委員会
結果: winner
日本文学大賞
1976
対象作品: 死靈(全五章)
主催: 日本文学大賞実行委員会
結果: winner
藤村記念歴程賞
1990
主催: 藤村記念歴程賞選考委員会
結果: winner

受賞・候補エディション

谷崎潤一郎賞 1回登壇
  1. 受賞作: 闇のなかの黒い馬

    『闇のなかの黒い馬』は埴谷雄高による短編集。夢と現実が交差する短篇群として、人間存在の不確かさを探る。

    闇のなかの黒い馬は、時代の陰影の中で人が抱える痛みと意志を見つめる作品。

    孤独哲学
日本文学大賞 1回登壇
  1. 受賞作: 死霊

    埴谷雄高が長い年月をかけて追究した形而上的長編小説。三輪家の兄弟たちを中心に、存在、革命、死、宇宙をめぐる思索が小説の形式そのものを押し広げる。

    存在の謎をめぐる対話が、小説を思想の深部へ連れていく。

    432ページ
    形而上小説戦後文学存在論革命
  1. 受賞作: 小説、詩、評論にわたる今日までの業績

    埴谷雄高の受賞対象は単一作品ではなく、小説、詩、評論に及ぶ長年の文学的業績である。形而上学的な問いを小説と批評の双方で追究し、戦後文学の思想的な射程を広げた仕事全体が顕彰された。

    一冊の書誌ではなく、戦後文学に刻まれた思索そのものが対象となった受賞。

    文学的業績戦後文学形而上学小説と評論

作品

代表作

不合理ゆえに吾信ず

1950年 アフォリズム集 / 随想

アフォリズムや短い随想を集めた思想的エッセイ集。作者の哲学的断章が並ぶ作品。

存在不合理宗教・信仰個人主義

虚空

1960年 小説・戯曲

存在や意識をめぐる思索的な作品。小説的要素と戯曲的要素が混在する。

存在意識形而上学

闇のなかの黒い馬

1970年 短篇小説集

夢や象徴を題材にした短篇を集成した作品集。谷崎潤一郎賞受賞作。

象徴無意識

死靈

1948年 形而上学的思弁小説

全12章予定の大作。物語よりも観念的議論で進む思索小説で、存在・死・宇宙論を主題とする。未完のまま生涯にわたり書き続けられた。

存在宇宙論形而上学

全著作

  • フランドル画家論抄
  • ロダン
  • 死靈(第1)
  • 不合理ゆえに吾信ず
  • 虚空
  • ドストエフスキイ-その生涯と作品
  • 影絵の世界-ロシア文学と私
  • 闇のなかの黒い馬
  • 姿なき司祭 ソ聯東欧紀行
  • 埴谷雄高作品集(全15巻)
  • 欧州紀行
  • 死靈 定本(1-5章)
  • 埴谷雄高ドストエフスキイ全論集
  • 埴谷雄高準詩集
  • 死靈 六章/七章/八章/九章
  • 埴谷雄高全集(講談社)

作家による翻訳

  • エミール・レンギル『ダニューブ』(訳:伊藤敏夫名義)
  • ウオルィンスキイ『偉大なる憤怒の書―ドストエフスキイ「悪霊」研究』翻訳

作風・主題

文体
難解で哲学的な文体観念的・思索的アフォリズム的表現寓意的・象徴的表現
頻出モチーフ
存在黒い馬宇宙論孤独

健康

  • 結核
    1933(発症・療養)
    徴兵を免れ、療養が必要となったため活動に影響を与えた。
  • 腸結核
    1950-1954(約4年間の療養)
    1950年に発覚し約4年間療養。執筆・刊行活動に影響を与えた。
  • 脳梗塞
    1997(死因)
    1997年に脳梗塞で逝去。

評価・遺産

埴谷雄高は戦後日本の思想的・文学的に独自の位置を占める作家であり、特に未完の大作『死靈』によって高い評価を受けた。評論家・編集者としての影響力、若手作家の発掘・育成でも知られる。

記念館・博物館

  • 埴谷・島尾記念文学資料館 福島県南相馬市小高区(浮舟文化会館併設)

資料所蔵先

  • 埴谷・島尾記念文学資料館所蔵資料
  • 講談社(出版・原稿保管)

大衆文化への影響

  • アンドロメダ忌(埴谷雄高忌)
  • 『近代文学』創刊と戦後文学史における象徴的存在

引用

  • 自分でいろんなことを考える決着がつくまでは子供は作らない。
    出典: 本人の発言(回想・インタビュー)
  • 埴谷雄高氏は戦後の日本の夜を完全に支配した。
    出典: 三島由紀夫「推薦のことば」 (1971年)

豆知識

  • 結核を患っていたため徴兵を免れた。
  • 話をするときに机やテーブルを叩く癖があり、眼鏡を200個以上壊したという逸話がある。
  • ハンガリー産トカイワイン(アスー)を好み、酒豪として知られた。
  • 長年にわたり『死靈』の連載・執筆を続けたが未完のまま没した。
  • 生前は自分の作品を文庫本化しないと公言しており、文庫化は没後に行われた。