日本の文学賞

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菊田 一夫

きくた かずお

Kikuta Kazuo

ペンネーム: 菊田 数男本名(出生名), 小鹿 敦旧芸名(1961–62年、1971年に使用)

プロフィール

性別
男性
生誕
1908-03-01 (神奈川県横浜市)
死没
1973-04-04 (慶應義塾大学病院(東京都)) 66歳
国籍
日本
言語
日本語
宗教
仏教
居住地歴
横浜市(出生) → 台湾(幼少期) → 大阪(年季奉公など) → 神戸(元町、夜間学校在学) → 岩手県江刺(戦時疎開) → 東京都(晩年、慶應義塾大学病院で没)

経歴

職業
劇作家, 作詞家, 脚本家, 小説家, プロデューサー
活動期間
1923年〜1973年
所属
浅草国際劇場(文芸部), 東宝(文芸部・取締役(演劇担当)), 芸術座(開館と運営)
所属団体
劇作家四人の会
影響を受けた人物
萩原朔太郎, サトウハチロー, 林芙美子, 小野十三郎, 古関裕而(作曲家・共同作業者), 古川ロッパ(古川一座との関係)
影響を与えた人物
日本のミュージカル界(戦後の発展に影響), 後進の劇作家・脚本家, 宝塚歌劇団の演出・上演構成(上演作品多数)
ノミネート
読売文学賞(戯曲賞)候補 — がめつい奴(1959年度), 野間文芸賞 候補 — がめつい奴(1960年度)

学歴

夜間の商科実業学校(現・神戸市立神港高等学校)
期間: 1920年代(夜間学校在学)
国: 日本
骨董店で丁稚奉公をしながら夜間に学ぶ。後に文学・劇作に進む。

受賞歴

菊池寛賞
1959
対象作品: がめつい奴
主催: 菊池寛賞選考委員会
結果: 受賞
芸術選奨 文部大臣賞(演劇部門)
1960
対象作品: がめつい奴、がしんたれ
部門: 演劇
主催: 文化庁
結果: 受賞
読売文学賞(戯曲賞・候補)
1959
対象作品: がめつい奴
部門: 戯曲
主催: 読売新聞社
結果: 候補
野間文芸賞(候補)
1960
対象作品: がめつい奴(学風社刊)
主催: 野間文芸賞選考委員会
結果: 候補

受賞・候補エディション

菊池寛賞 1回登壇
  1. 受賞作: がめつい奴

    大阪・釜ヶ崎の木賃宿を舞台に、金に執着する女主人と周囲の人々を描く戯曲。欲望、貧困、家族のしがらみを、強烈な人物造形と庶民的な活力で見せる。

    釜ヶ崎の宿に、欲と情と生活の熱気が渦巻く。

    戯曲大阪貧困
  1. 受賞作: がめつい奴、がしんたれ

    菊田一夫の代表的な戯曲・小説作品。『がめつい奴』は大阪の下町を舞台に、貧しさと欲望を抱えた人びとの生命力をブラックユーモアを交えて描き、『がしんたれ』は作家自身の来歴にも響く放浪と苦労の物語として読まれる。

    貧しさの底でなお生き抜く人びとの欲望としぶとさを、舞台的な熱気で描く。

    戯曲大阪貧困生命力戦後演劇

作品

代表作

がめつい奴

1959年 舞台(戯曲)

1959年に舞台で発表された作品。大阪を中心とした大衆演劇的な人情劇で、商人や市井の人々の欲と情を描いた。

大阪人情野心・欲戦後社会
映像化・舞台化
  • [書籍] がめつい奴(学風社刊) (1960)

君の名は(シリーズ)

1952年 ラジオドラマ / 映画 / シリーズ

ラジオドラマとして発表され大ブームを巻き起こしたシリーズ。後に映画・舞台化され、主題歌や挿入歌も多数ヒットした。

恋愛忘却家族と再会大衆娯楽
映像化・舞台化
  • [映画] 君の名は(映画化)

鐘の鳴る丘

1947年 ラジオドラマ / 映画 / 児童向け

ラジオ放送で人気を博したシリーズ。映画化や絵本化もされ、戦後の大衆文化を代表する作品の一つとなった。

戦後復興子どもと家族希望
映像化・舞台化
  • [絵本 / 映画] 鐘の鳴る丘(絵本・映画化)

花咲く港

1943年 舞台 / 映画

舞台作品として発表され、映画化やテレビ化もされた代表作。人情味とドラマ性の高い作品。

人情港町再生
映像化・舞台化
  • [映画(松竹)] 地獄の顔(松竹による映画化の題) (1947)

イヨマンテの夜(作詞)

1949年 歌謡曲(作詞)

作詞家として手がけたヒット曲の一つ。歌謡曲として広く親しまれた。

郷愁叙情

風と共に去りぬ(舞台化)

1966年 舞台(翻案)

マーガレット・ミッチェルの原作を舞台化した作品。日本で世界に先駆けて舞台化した例の一つとして知られる。

大河ロマンス戦争と復興個人の再生
映像化・舞台化
  • [ミュージカル(日本上演)] スカーレット(ミュージカル・日本上演) / Horton Foote (English version script credited for English version) (1970)
  • [ミュージカル(ウエスト・エンド上演)] スカーレット(ウエスト・エンド上演) (1972)

全著作

  • わが家の幸福(1942)
  • 鐘の鳴る丘(連続放送劇・書籍化)1948-1953
  • 君の名は(NHK連続放送劇、1952-1954)
  • がしんたれ(1959)
  • がめつい奴(学風社刊、1960)

翻案

  • 君の名は — 映画化・舞台化(ラジオドラマからの展開)
  • 鐘の鳴る丘 — 絵本や映画化多数

作風・主題

文体
大衆性を重視した語り口台詞中心の会話劇的構成明快なプロットと人情味
頻出モチーフ
大阪を舞台にした人情港町と再会・別離戦後の復興と市井の人々

健康

  • 糖尿病
    晩年(数年)
    糖尿病を患い、1973年に脳卒中を併発して死去

評価・遺産

戦後の大衆演劇や日本のミュージカルの発展に大きく寄与した劇作家・作詞家。東宝での活動や芸術座開館、宝塚歌劇団での多数の上演などにより幅広い影響を残し、1975年に東宝によって『菊田一夫演劇賞』が創設された。

記念館・博物館

  • 菊田一夫記念館 岩手県奥州市

資料所蔵先

  • NHKアーカイブス(人物録)
  • 読売新聞アーカイブ(関連資料)

大衆文化への影響

  • 宝塚歌劇団による多数の上演とアレンジ(例:花のれん等)
  • ラジオドラマ『君の名は』の大ヒットとその映画化・関連楽曲のヒット

引用

  • 芸能界ほど浮沈の激しいところはない。そしてまた浮沈ともどもに、それなりの理由が、芸能界ほどはっきりしたところはない。...(中略)「役者殺すにゃ刃物はいらぬ。ものの三度もほめりゃよい」。
    出典: 菊田一夫『演劇余話 芝居づくり』 / 読売新聞掲載随筆(1961年) (1961年)

豆知識

  • 生後まもなく養子に出され、その後数度養育されて5歳のとき菊田家の養子となった。
  • 若年期に年季奉公や丁稚奉公として働きながら夜間学校で学んだ。
  • 1975年、東宝により『菊田一夫演劇賞』が創設された(彼の没後の顕彰)。