日本の文学賞

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山内ケンジ

ヤマウチ ケンジ

Yamauchi Kenji

別名: 山内 健司
ペンネーム: 山内ケンジ舞台・クレジットで使用する片仮名表記の芸名(同姓同名の役者と区別するため), 山内 健司過去に使用した本名表記

プロフィール

性別
男性
生誕
1958-11-02 (東京都)
国籍
日本
言語
日本語

経歴

職業
CMディレクター, 舞台演出家, 劇作家, 映画監督
活動期間
1983年〜
所属
電通映画社, 黒田秀樹事務所(所属 〜2019年), 城山羊の会(演劇ユニット)
ノミネート
第58回岸田國士戯曲賞 最終候補(効率の優先), 第19回鶴屋南北戯曲賞 最終候補(水仙の花)

学歴

早稲田大学
国: 日本

受賞歴

岸田國士戯曲賞
2015
対象作品: トロワグロ
主催: 白水社
結果: 受賞
読売文学賞(戯曲・シナリオ賞)
2022
対象作品: 温暖化の秋―hot autumn―
部門: 戯曲・シナリオ賞
主催: 読売新聞社
結果: 受賞
ACC 全日本CMフェスティバル 金賞
対象作品: コンコルドシリーズ(静岡ローカル)
主催: 全日本シーエム放送連盟
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: トロワグロ

    山内ケンジによる現代口語の戯曲。二組の夫婦を中心に、なごやかな会話の奥で奇妙さと官能性がにじむ関係を描き、第59回岸田國士戯曲賞を受賞した。

    なごやかな会話の底に、三つのグロテスクがひそむシチュエーション・コメディ。

    168ページ
    戯曲夫婦現代口語演劇
読売文学賞 1回登壇
  1. 受賞作: 温暖化の秋―hot autumn―

    城山羊の会の上演作品として発表された戯曲で、日常会話のずれから現代社会の不穏さを浮かび上がらせる。

    舞台上の会話が、社会のひび割れをにじませる。

    戯曲演劇会話劇現代社会上演作品

作品

代表作

トロワグロ

2014年 戯曲

三つの短い場面で人間の滑稽さと不条理を描く戯曲。

人間関係不条理ブラックユーモア

温暖化の秋―hot autumn―

2022年 戯曲

気候変動を背景に、家族や個人の葛藤を描いた戯曲。

気候変動家族社会批判

効率の優先

2013年 戯曲

効率を重んじる社会で起こる奇妙な出来事と人間の歪んだ日常を描く。

効率主義労働日常の狂気

水仙の花

2015年 戯曲

内面の孤独や欲望を鋭く描いた戯曲。

孤独欲望人間関係

ミツコ感覚

2011年 映画(長編)

短編的構成を取り入れた長編映画で、監督デビュー作。

個人の内面断片的な物語

友だちのパパが好き

2015年 映画(長編)

児童期の微妙な感情と家族の関係を描いた映画。第28回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門選出。

家族思春期禁忌

At the terrace テラスにて

2016年 映画(長編)

集合住宅のテラスを舞台に、人々の関係や孤独を描いた作品。第29回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門選出。

共同体孤独邂逅

夜明けの夫婦

2021年 映画(長編)

夫婦の関係を繊細に描く長編。第22回東京フィルメックス メイドインジャパン部門選出。

結婚再生日常

クソ野郎と美しき世界(慎吾ちゃんと歌喰いの巻)

2018年 映画(オムニバスの一編)

映画オムニバスの一編を監督として参加した作品。

短編音楽ポップカルチャー

全著作

  • ミツコ感覚 (2011)
  • 友だちのパパが好き (2015)
  • At the terrace テラスにて (2016)
  • トロワグロ (2014)
  • 効率の優先 (2013)
  • 水仙の花 (2015)
  • 夜明けの夫婦 (2021)
  • クソ野郎と美しき世界(参加監督) (2018)

作風・主題

文体
観察的なリアリズムとシュールなユーモアの併用映画的なカット感と舞台的な会話が混ざる表現
頻出モチーフ
家族の機微日常の違和感社会の不条理

評価・遺産

CM、舞台、映画を横断する活動を通じて現代日本の演出表現に影響を与えた。戯曲『トロワグロ』で岸田國士戯曲賞を受賞し、読売文学賞も受賞するなど演劇と映像双方で高い評価を得ている。

大衆文化への影響

  • ソフトバンク「白戸家」シリーズ(CM)
  • 日清UFO 「UFO仮面ヤキソバン」などの印象的なCM

豆知識

  • 本名は山内 健司。かつて本名義で活動していた。
  • 同姓同名の俳優がいるため、舞台表記を片仮名の「山内ケンジ」にしている。
  • 城山羊の会という演劇ユニットで公演を行っている。
  • 深浦加奈子と長年にわたって脚本・演出と主演で協働していた(深浦の死去まで)。
  • 1983年に電通映画社に入社、1992年にフリーランスを経て事務所所属(〜2019年)。