岸田國士戯曲賞
きしだくにおぎきょくしょう
劇作家・岸田國士の業績を顕彰し、若手劇作家の育成を目的とした戯曲賞。
- 創設年
- 1955
- 主催
- 白水社
- カテゴリー
- 戯曲・脚本・シナリオ
- 選考方式
- 公募
- 受賞対象
- 不問
- 開催頻度
- 年1回
- 発表時期
- 2〜4月頃
- 賞のステータス
- 活動中
説明
岸田國士戯曲賞は、劇作家・岸田國士の業績を顕彰するとともに、若手劇作家の育成を目的に白水社が主催する戯曲賞。新人劇作家の登竜門とされ、「演劇界の芥川賞」という異名を持つが、ベテラン作家の受賞も多い。
賞品
- 主賞品
- 正賞として記念時計、副賞として賞金
- 記念時計
- 賞金
公式情報
https://www.hakusuisha.co.jp/news/n12020.html過去の受賞者
ギリシャ悲劇を反転させ、女性と身体の政治性を描く戯曲。
上演空間で、女性たちの声が合唱となって響く。
福島と原発事故をめぐる三つの時代をつなぐ戯曲。
1961年、1986年、2011年が一つの舞台でつながる。
移民の記憶と越境する視点で、パラグアイ、アルゼンチン、チリ、ペルー、沖縄、父島を結びながら語られる戯曲。父の死や旅、歴史の痕跡をめぐる複数の声が、国境を越えて思考する劇作家の世界を形づくる。
移民の目と声が、長い坂をくだるように国境と記憶を横断する。
終戦直後の日本で、映画人たちが邦画史上初のキスシーンを撮ろうと奔走する戯曲。フィルムもカメラも不足する時代に、GHQの思惑や映画人の情熱が交錯し、笑いを含みながら表現の始まりを描く。
終戦直後、映画人たちは新しい爆発を起こすために走り出す。
大阪・新世界を舞台に、ドローンや人工知能、VRなどが日常に入り込んだ近未来を、下町の人情と大阪弁の笑いで描く戯曲。テクノロジーへの風刺と猥雑な商店街の活気が重なり、SFと新喜劇を接続した群像劇として読める。
ドローンが出前をし、AIが将棋や漫才に入り込む街で、昔ながらの新世界が新しい世界へずれていく。
『地獄谷温泉 無明ノ宿』は、タニノクロウによる作品で、この回の受賞対象として確認される。賞の記録、公開書誌、販売書誌を照合し、単行本または文庫として確認できる情報と、確認できない識別子を分けて整理した。
受賞記録からたどる『地獄谷温泉 無明ノ宿』の作品情報。
両親の離婚、失職、突然の転落といった出来事を抱えた人々が、チョークで描ける壁を媒介に喪失と模索を続ける戯曲。行き詰まりの中でも少しずつ前へ進む人間の姿を、ユーモアと痛みを交えて描く。
チョークで描かれる風景の中で、喪失した人々が少しだけ前へ進む。
帰宅の合図、食卓を待つ時間、潮の匂いがする世界をめぐって、家族や共同体の記憶を重ねる戯曲。親密な言葉と身体の反復を通じて、帰る場所を求める感覚と失われた時間を舞台化する。
帰る合図と食卓の記憶が、失われた場所への思いを呼び起こす。
『わが星』は、舞台上の時間と言葉のリズムを生かし、個人の日常と大きな世界を重ね合わせる戯曲。軽やかな構造の奥に、存在と時間への問いが置かれている。
『わが星』は、柴幸男の受賞対象作として読者に届いた一作。
『まほろば』は蓬莱竜太による作品。受賞歴を通じて知られ、人物の感情や時代性を軸にした読み味を持つ。
『まほろば』は、蓬莱竜太の持ち味が表れた受賞作である。
新聞販売所に現れた見知らぬ女が、一家の不幸を執拗にえぐり出していく戯曲。理不尽な幸福感と暴力的な明るさで、家族の脆さをブラックに照らす。
『幸せ最高ありがとうマジで!』は、本谷有希子の持ち味が表れた受賞作である。
『生きてるものはいないのか』は、前田司郎による岸田國士戯曲賞の受賞作。
『生きてるものはいないのか』は、前田司郎による岸田國士戯曲賞の受賞作。
舞台上の語りと関係性のずれを使い、笑いと不安を同時に立ち上げる戯曲。日常的な会話が少しずつ歪む構成に特徴がある。
ワンマン・ショーは、舞台上の語りと関係性のずれを使い、笑いと不安を同時に立ち上げる戯曲。
『アテルイ』は、中島かずきによる戯曲作品。受賞時の評価対象として、題名が示す情景や人物の動きを軸に、短い形式の中にも時間の厚みを感じさせる作品である。
アテルイという題名が、作品の中心にある気配と緊張を端的に伝えている。
『兄帰る』は、永井愛による作品です。受賞対象となった作品として、刊行情報を確認できる範囲で紹介します。
兄帰るを通じて、永井愛の表現の特徴に触れられる作品です。
『フローズン・ビーチ』は、ケラリーノ・サンドロヴィッチによる戯曲。受賞対象となった作品で、題名が示す人物、場所、記憶、社会的状況を軸に読ませる。
フローズン・ビーチは、戯曲としての輪郭とケラリーノ・サンドロヴィッチの関心が重なる作品。
『ファンキー! 宇宙は見える所までしかない』は、松尾スズキによる刊行情報が確認できる作品で、岸田國士戯曲賞の受賞作として知られる。戯曲賞・若手劇作家育成の領域で評価された一作で、題名が示す主題や人物の動きを軸に読ませる。
岸田國士戯曲賞で評価された『ファンキー! 宇宙は見える所までしかない』は、作品名の印象を手がかりに読者を引き込む。
鄭義信による『ザ・寺山』は、kishida-kunio-drama-awardの受賞対象となった作品です。単行本として確認できる識別子は見つからないため、作品内容を中心に扱います。
鄭義信の『ザ・寺山』を、受賞作としての文脈から紹介します。
「愚者には見えないラ・マンチャの王様の裸」は、「裸の王様」と「ドン・キホーテ」を重ね、傷ついた王とサンチョ・パンサの出会いから現実と幻想を交差させる戯曲である。寓話の軽やかさを借りながら、戦争や権力、心の再生を問う舞台作品として構成されている。
裸の王様とサンチョ・パンサが出会うとき、笑いは傷ついた心を照らしはじめる。
ゴミ袋、呼吸、儀式めいた集団をめぐって、バブル期の都市の不安を寓話的に描く坂手洋二の戯曲。社会問題と身体感覚を結びつけ、初期燐光群を代表する作品となった。
ゴミ袋に顔を入れる夜の儀式が、都市の息苦しさをあぶり出す。
川村毅の初期代表作で、『南総里見八犬伝』を現代の新宿へ移し替えた連作戯曲の第一巻。都市の熱気、若者の身体性、神話的な物語性が疾走感をもって交錯する。
新宿の街を舞台に、八犬伝の物語が現代演劇の熱量で生まれ直す。
生田萬による戯曲。題名にあるナンシー・トマトという人物像を通じ、終わりに近づく時間、都市的な奇妙さ、会話のずれを舞台上に立ち上げる。
終わりの気配を帯びた人物と会話が、舞台に奇妙な明るさを残す。
市堂令による戯曲。古典的な童話の題名を借りながら、舞台上の人物関係や現代的な視線によって、変身、欲望、救済の物語を組み替える。
よく知られた童話の型が、現代の舞台で別の顔を見せる。
加藤直による戯曲。『美女と野獣』の物語型を手がかりに、美しさ、異形、愛の条件を舞台上の関係として問い直す。
美と異形の物語が、舞台の上で人と人の距離を問い直す。
川村毅の『新宿八犬伝』連作の第二巻。第一巻で立ち上がった都市神話的な世界を受け、ベルリンという場所のイメージを重ねながら、越境と時代の不安を描く。
新宿からベルリンへ、都市の神話はさらに遠くへ広がる。
『糸地獄』は岸田理生による戯曲で、1985年の受賞作として記録されている。身体、女性性、支配と解放のイメージを濃密に織り込み、幻想的な舞台空間を作る戯曲。
戯曲としての輪郭を、受賞記録と書誌情報からたどる作品。
『十一人の少年』は、北村想による戯曲。受賞作として、作者の問題意識と表現の特色を伝える一作である。
受賞作『十一人の少年』を入口に、北村想の表現世界へ導く。
『野獣降臨(のけものきたりて)』は、岸田國士戯曲賞の受賞作として記録される戯曲で、舞台上の身体性と言葉の速度を軸に、時代の空気を強く帯びた作品。
『野獣降臨(のけものきたりて)』は、受賞歴により現在も作品史の中で参照される一作。
『比野置(ピノッキオ)ジャンバラヤ』は、岸田國士戯曲賞の受賞作として記録される戯曲で、舞台上の身体性と言葉の速度を軸に、時代の空気を強く帯びた作品。
『比野置(ピノッキオ)ジャンバラヤ』は、受賞歴により現在も作品史の中で参照される一作。
『ゲゲゲのげ』は、岸田國士戯曲賞の受賞作として記録される戯曲で、舞台上の身体性と言葉の速度を軸に、時代の空気を強く帯びた作品。
『ゲゲゲのげ』は、受賞歴により現在も作品史の中で参照される一作。
山崎哲『漂流家族、うお伝説』は、受賞時の文脈で評価された作品である。作品名が示す主題を軸に、時代や社会、個人の経験を読み解く構成を持つ。
漂流家族、うお伝説は、受賞作としての輪郭を保ちながら、作者の関心を凝縮して伝える。
『肥前松浦兄妹心中』は、岡部耕大による戯曲作品で、舞台上の身体と言葉を通して人間の関係や社会の歪みを照らす作品である。上演を前提にした緊張感の中で、沈黙、対話、場の力が主題を形づくっている。
舞台の空間に沈黙と声が置かれ、人間と社会の影が浮かび上がる。
『小町風伝』は、太田省吾による戯曲作品で、舞台上の身体と言葉を通して人間の関係や社会の歪みを照らす作品である。上演を前提にした緊張感の中で、沈黙、対話、場の力が主題を形づくっている。
舞台の空間に沈黙と声が置かれ、人間と社会の影が浮かび上がる。
『人類館』は、知念正真による戯曲作品で、舞台上の身体と言葉を通して人間の関係や社会の歪みを照らす作品である。上演を前提にした緊張感の中で、沈黙、対話、場の力が主題を形づくっている。
舞台の空間に沈黙と声が置かれ、人間と社会の影が浮かび上がる。
戯曲集『琵琶伝』の表題作。歴史や芸能の記憶を舞台上の言葉へ移し、琵琶という楽器が帯びる語りの力と、人物の情念を重ねる作品として岸田國士戯曲賞に位置づけられる。
琵琶の音に宿る物語性を、現代劇の緊張へ変える戯曲。
『木蓮沼』は、石沢富子の戯曲として岸田國士戯曲賞の対象となった。沼という閉じた空間の気配を背景に、人間関係の緊張や記憶の揺れを舞台上に立ち上げる作品である。
閉ざされた沼の気配が、人の記憶と関係を揺らす戯曲。
『熱海殺人事件』は、つかこうへいによる戯曲。舞台上の言葉と身体の衝突を通じて時代の空気を立ち上げ、1974年の受賞作として演劇表現の強さが評価された。
熱海殺人事件は、限られた形式の中に時代と人の気配を刻む作品。
『ぼくらが非情の大河をくだるとき』は、清水邦夫による戯曲。舞台上の言葉と身体の衝突を通じて時代の空気を立ち上げ、1974年の受賞作として演劇表現の強さが評価された。
ぼくらが非情の大河をくだるときは、限られた形式の中に時代と人の気配を刻む作品。
『鼠小僧次郎吉』は佐藤信による作品で、1971年に晶文社から図書として刊行された。
佐藤信の受賞歴の中で記録される『鼠小僧次郎吉』。
『少女仮面』は、唐十郎による作品で、1970年のkishida-kunio-drama-awardで受賞対象となった。受賞記録と公開書誌をもとに、作品単位で参照できる項目として整理される。
kishida-kunio-drama-awardで受賞対象となった『少女仮面』。
『幼児たちの後の祭り』は、秋浜悟史による戯曲で、岸田國士戯曲賞を受けた作品である。共同体や子どもをめぐる想像力を通じて、戦後演劇の中で地域性と社会性を問い直す。
子どもと共同体をめぐる想像力が、戦後演劇の社会的な問いへつながる。
「友絵の鼓」は、人見嘉久彦による戯曲で、関西の新劇運動・劇団活動の文脈で上演記録が残る作品。岸田國士戯曲賞の受賞作として、地域演劇から生まれた戯曲の一つに位置づけられる。
関西の新劇活動から生まれ、上演記録とともに伝わる受賞戯曲。
「女の勤行」は、菅龍一による戯曲で、第10回新劇岸田戯曲賞の受賞作として記録される。題名が示す宗教的な行為と女性の生活・身体感覚を結び、戦後新劇の戯曲として扱われている。
勤行という行為を手がかりに、女性の生活と内面へ向かう受賞戯曲。
福田善之の戯曲。平安期の盗賊伝説を手がかりに、圧政に苦しむ人々が救い主を待ち望む状況を舞台化し、民衆の願望と現実のずれを鋭く描く。
待ち望まれる盗賊の影を通して、民衆の願いと権力への怒りが立ち上がる。
宮本研の初期戯曲二作を対象とする受賞。社会体制や機械化された組織をめぐる不安を、舞台上の対話と状況の圧力として描き、戦後演劇が抱えた政治性と実験性を示す。
戦後社会の制度と人間を、硬質な舞台空間のなかで問い直す。
八木柊一郎の二つの戯曲を対象とする受賞。港湾や工場を思わせる場を通じて、働く人々の生活、貧しさ、近代化の圧力を舞台の緊張として描いた作品群である。
労働の現場に立つ人間の声を、舞台の切実な衝突として響かせる。
『長い墓標の列』は、福田善之による戯曲である。受賞時期の文学・文化状況の中で評価された作品として、作者の関心や時代の空気を伝える。
『長い墓標の列』は、福田善之の仕事の中で受賞歴と結びついて記憶される一作である。
『漁港』は、原源一による戯曲である。受賞時期の文学・文化状況の中で評価された作品として、作者の関心や時代の空気を伝える。
『漁港』は、原源一の仕事の中で受賞歴と結びついて記憶される一作である。
『友情舞踏会』は広田雅之による受賞対象作で、当該賞の回次で評価された作品である。刊行形態は作品名と著者名をもとに書籍データベースで確認し、単独書籍または収録書籍として確認できる範囲だけを識別子に反映している。
広田雅之の『友情舞踏会』を、受賞対象作として読むための入口となる作品紹介。
『島』は、堀田清美による戯曲・演劇作品で、岸田國士戯曲賞の1958-1回で受賞対象となった作品です。公開資料で確認できる範囲では、刊行形態や後年の収録状況を中心にたどれる作品です。
堀田清美の『島』は、受賞歴を通して現在も作品名をたどることができる一作です。
明日を紡ぐ娘たちは生活を記録する会・劇団三期会による受賞作。作品の刊行状況と入手可能な本の情報を確認したうえで扱う。
生活を記録する会・劇団三期会による受賞作。
『壁画』は、矢代静一の戯曲で、初期の代表作として岸田國士戯曲賞の対象となった作品である。矢代自身の公式プロフィールでは、雑誌発表、劇団新人会による初演、出版記念会の写真とともに紹介されている。
雑誌発表から初演、戯曲集収録へと展開した矢代静一初期の代表戯曲である。