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第22回(1972年) 受賞受賞作: 沈黙
遠藤周作の同名小説を篠田正浩が映画化した歴史劇。キリシタン弾圧下の信仰、棄教、権力の圧迫を、湿度のある映像と静かな緊張で描き、神の沈黙という主題に迫る。
信仰を守ることと生き延びることのあいだで揺れる人間を見つめる映画。
映画信仰棄教キリシタン弾圧
篠田 正浩
しのだ まさひろ
Shinoda Masahiro
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1931-03-09 (岐阜県岐阜市)
- 死没
- 2025-03-25 94歳
- 国籍
- 日本
- 言語
- 日本語
- 居住地歴
- 岐阜市(出生) → 東京都(活動拠点)
経歴
- 職業
- 映画監督, 脚本家, 企業経営者, 大学教授, 著者, テレビキャスター
- 活動期間
- 1960年〜2003年
- 所属
- 株式会社表現社(代表取締役), 早稲田大学(特命教授), 日本中国文化交流協会(代表理事), 城西国際大学 メディア学部(客員教授)
- 影響を受けた人物
- 大島渚, 吉田喜重, 寺山修司, 武満徹
- ノミネート
- ゴールデングローブ賞 長編ドキュメンタリー部門 ノミネート(1973), 日本アカデミー賞 ノミネート(写楽ほか), ヴェネツィア国際映画祭、カンヌ国際映画祭 出品歴(1969/1972/1974/1995)
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| 岐阜市立梅林小学校 | — | — | — | — | 日本 |
| 岐阜県立加納高等学校 | — | — | — | — | 日本 |
| 早稲田大学 第一文学部 | 第一文学部 | 文学科 | — | 1950s | 日本 |
岐阜市立梅林小学校
国:
日本
岐阜県立加納高等学校
国:
日本
早稲田大学 第一文学部
第一文学部
/ 文学科
期間:
1950s
国:
日本
卒業後、松竹に入社
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1986 | 銀熊賞(芸術貢献賞) | 鑓の権三 | 芸術貢献賞 | ベルリン国際映画祭 | Winner |
| 1991 | 最優秀監督賞 | 少年時代 | 監督賞 | 日本アカデミー賞 | Winner |
| 1991 | 作品賞 | 少年時代 | 作品賞 | 日本アカデミー賞 | Winner |
| 1996 | 最優秀編集賞 | 写楽 | 編集賞 | 日本アカデミー賞 | Winner |
| 1991 | 監督賞 | 少年時代 | 監督賞 | ブルーリボン賞 | Winner |
| 1969 | キネマ旬報ベスト・テン 日本映画監督賞 | 心中天網島 | 日本映画監督賞 | キネマ旬報 | Winner |
| 1970 | 芸術選奨 文部科学大臣賞 | 沈黙 | — | 文部科学省 | Winner |
| 2016 | 牧野省三賞 | — | — | 京都国際映画祭 | Winner |
| 1984 | 外国語映画賞 | 瀬戸内少年野球団 | — | ヒューストン国際映画祭 | Winner |
| 1969 | 出品(公式出品) | 心中天網島 | — | ヴェネツィア国際映画祭 | Official selection |
| 1973 | ゴールデングローブ賞(長編ドキュメンタリー)ノミネート | 札幌オリンピック | ノミネート | ゴールデングローブ賞 | Nominated |
| 1972 | コンペティション出品 | 沈黙 | — | カンヌ国際映画祭 | Official selection |
| 1974 | コンペティション出品 | 卑弥呼 | — | カンヌ国際映画祭 | Official selection |
| 1995 | コンペティション出品 | 写楽 | — | カンヌ国際映画祭 | Official selection |
| 1977 | 監督賞 | はなれ瞽女おりん | — | アジア太平洋映画祭 | Winner |
| 1969 | 毎日映画コンクール 作品賞 | 心中天網島 | — | 毎日映画コンクール | Winner |
| 1985 | ブルーリボン賞 作品賞 | 瀬戸内少年野球団 | 作品賞 | ブルーリボン賞 | Winner |
銀熊賞(芸術貢献賞)
1986
対象作品:
鑓の権三
部門:
芸術貢献賞
主催:
ベルリン国際映画祭
結果:
Winner
最優秀監督賞
1991
対象作品:
少年時代
部門:
監督賞
主催:
日本アカデミー賞
結果:
Winner
作品賞
1991
対象作品:
少年時代
部門:
作品賞
主催:
日本アカデミー賞
結果:
Winner
最優秀編集賞
1996
対象作品:
写楽
部門:
編集賞
主催:
日本アカデミー賞
結果:
Winner
監督賞
1991
対象作品:
少年時代
部門:
監督賞
主催:
ブルーリボン賞
結果:
Winner
キネマ旬報ベスト・テン 日本映画監督賞
1969
対象作品:
心中天網島
部門:
日本映画監督賞
主催:
キネマ旬報
結果:
Winner
芸術選奨 文部科学大臣賞
1970
対象作品:
沈黙
主催:
文部科学省
結果:
Winner
牧野省三賞
2016
主催:
京都国際映画祭
結果:
Winner
外国語映画賞
1984
対象作品:
瀬戸内少年野球団
主催:
ヒューストン国際映画祭
結果:
Winner
出品(公式出品)
1969
対象作品:
心中天網島
主催:
ヴェネツィア国際映画祭
結果:
Official selection
ゴールデングローブ賞(長編ドキュメンタリー)ノミネート
1973
対象作品:
札幌オリンピック
部門:
ノミネート
主催:
ゴールデングローブ賞
結果:
Nominated
コンペティション出品
1972
対象作品:
沈黙
主催:
カンヌ国際映画祭
結果:
Official selection
コンペティション出品
1974
対象作品:
卑弥呼
主催:
カンヌ国際映画祭
結果:
Official selection
コンペティション出品
1995
対象作品:
写楽
主催:
カンヌ国際映画祭
結果:
Official selection
監督賞
1977
対象作品:
はなれ瞽女おりん
主催:
アジア太平洋映画祭
結果:
Winner
毎日映画コンクール 作品賞
1969
対象作品:
心中天網島
主催:
毎日映画コンクール
結果:
Winner
ブルーリボン賞 作品賞
1985
対象作品:
瀬戸内少年野球団
部門:
作品賞
主催:
ブルーリボン賞
結果:
Winner
受賞・候補エディション
芸術選奨文部科学大臣賞
1回登壇
泉鏡花文学賞
1回登壇
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第38回(2010年) 受賞受賞作: 河原者ノススメ――死穢と修羅の記憶
『河原者ノススメ』は、篠田正浩による作品。歴史と社会の出来事を掘り下げ、制度や文化の奥にある力の動きを描くノンフィクション。
『河原者ノススメ』は、言葉の密度と題材の力で読者を作品世界へ導く。
385ページ記憶時間人間関係表現の力
作品
代表作
乾いた花
1964年 ノワール / 犯罪ドラマ賭博に取り憑かれた男と謎めいた女の関係を描くスタイリッシュなノワール。映像美と緊張感ある演出で知られる。
孤独執着都市の空虚
心中天網島
1969年 時代劇 / 文芸劇近松門左衛門の題材を現代映画の文法で再構築した群像劇。愛と宿命、伝統の問題を描き、国内外の映画祭にも出品された。
伝統と現代愛と宿命
無頼漢
1970年 ドラマ / 社会派戦後の虚無と暴力性を抱える人物像を描いた作品。国際的な批評でも注目された。
虚無暴力社会的疎外
沈黙
1971年 歴史劇 / 宗教ドラマ遠藤周作の小説を映画化。十七世紀の日本を舞台に、宣教師や信仰をめぐる葛藤を描いた重厚な歴史劇。
信仰迫害人間の葛藤
はなれ瞽女おりん
1977年 人間ドラマ盲目の瞽女(旅の唄い手)の人生を通じて、差別と生の強さを描く作品。俳優陣の演技と叙情的な映像で評価された。
差別生と死音楽と旅
瀬戸内少年野球団
1984年 青春 / 群像劇瀬戸内を舞台に少年たちの成長と友情を描く温かな群像劇。国内外で評価を得た作品。
友情成長地域社会
鑓の権三
1986年 時代劇近松的な主題を踏まえた大作時代劇。ベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞した。
宿命伝統人間関係
少年時代
1990年 ノスタルジー / ドラマ昭和の少年時代をノスタルジックに描いた作品。日本アカデミー賞やブルーリボン賞など主要賞を受賞した。
記憶成長家族
写楽
1995年 歴史劇 / フィルム・ノワール的要素謎多き浮世絵師・写楽を題材にした作品。カンヌ国際映画祭出品や日本アカデミー賞での評価がある。
芸術と狂気表現の問題歴史の謎
梟の城
1999年 時代アクション司馬遼太郎原作の時代アクションを映画化した作品。富川国際ファンタスティック映画祭で監督賞を受賞した。
忍者策略忠誠
スパイ・ゾルゲ
2003年 歴史劇 / 伝記実在のスパイ、リヒャルト・ゾルゲの生涯を描いた大作。2003年公開を最後に監督業からの引退を表明した。
スパイ活動政治と個人歴史認識
全著作
- 心中天網島 篠田正浩作品集
- 闇の中の安息 篠田正浩評論集
- 駈けぬける風景
- エイゼンシュテイン(20世紀思想家文庫)
- 日本語の語法で撮りたい
- 映画で出会った人々
- 監督、撮らずに観る 映画館では見えてこない映画の話
- 私が生きたふたつの「日本」
- 河原者ノススメ 死穢と修羅の記憶
- 路上の義経
- 篠田正浩 映画講義
- 卑弥呼、衆を惑わす
作風・主題
- 文体
- 詩的な映像美伝統的題材の現代的再解釈叙情と冷徹の併存
- 頻出モチーフ
- 伝統と現代の衝突孤独と喪失記憶とノスタルジア宿命と人間関係
健康
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肺炎2025-03肺炎により2025年3月25日死去(94歳)
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足の故障(陸上)1951大学駅伝出場後に足を故障し、陸上競技を断念
評価・遺産
篠田正浩は松竹ヌーヴェルバーグの旗手の一人として日本映画界に大きな影響を与えた監督である。古典的題材と現代的な映画語法を結びつけた作風や、国内外の映画祭での受賞を通じて戦後日本映画の多様性を示した。
引用
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箱根駅伝は一種の神事だと思うんだ。お正月から、若者たちが箱根の山に向かって走るわけだ。たすきは各校の御輿でね。
出典: 読売新聞オンライン 特集インタビュー(2013) (2013年)
豆知識
- 1950年の箱根駅伝に出場し「花の2区」を走った経験がある。
- 妻は女優の岩下志麻である。
- 篠田桃紅は従姉にあたる。
- 1960年代の松竹ヌーヴェルバーグの主要人物の一人とされる。
- 2003年の『スパイ・ゾルゲ』公開を以て映画監督から引退を表明した。
- 死因は肺炎(2025年3月25日)である。