日本の文学賞

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多田 富雄

ただ とみお

Tada Tomio

プロフィール

性別
男性
生誕
1934-03-31 (茨城県結城市)
死没
2010-04-21 76歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
茨城県結城市 → 東京都文京区湯島

経歴

職業
免疫学者, 文筆家, 随筆家
活動期間
1960年〜2010年
所属
千葉大学医学部 第二病理学教室, 東京大学 医学部 教授(名誉教授), 東京理科大学 生命科学研究所 所長
影響を受けた人物
石坂公成, 安藤元雄, 江藤淳

学歴

千葉大学
医学部 / 第二病理学教室
学位: 医学博士
期間: 1953-1964
卒業年: 1964
国: 日本
博士号取得(論文:遷延感作ウサギにおける抗体産生の変貌)

受賞歴

野口英世記念医学賞
1976
主催: 野口英世記念会
結果: 受賞
ベルツ賞(1等賞)
1977
主催: ベルツ賞運営団体
結果: 受賞
エミール・フォン・ベーリング賞
1980
主催: エミール・フォン・ベーリング財団
結果: 受賞
朝日賞
1981
主催: 朝日新聞社
結果: 受賞
持田記念学術賞
1987
主催: 持田記念学術賞運営団体
結果: 受賞
文化功労者
1984
主催: 文化庁(選出)
結果: 選出
大佛次郎賞
1993
対象作品: 免疫の意味論
主催: 大佛次郎賞選考委員会
結果: 受賞
日本エッセイスト・クラブ賞
1999
対象作品: 独酌余滴
主催: 日本エッセイスト・クラブ
結果: 受賞
小林秀雄賞
2007
対象作品: 寡黙なる巨人
主催: 小林秀雄賞選考委員会
結果: 受賞
瑞宝重光章
2009
主催: 日本政府
結果: 受勲

受賞・候補エディション

大佛次郎賞 1回登壇
  1. 受賞作: 免疫の意味論

    免疫の意味論は、多田富雄によるノンフィクション作品。歴史上の人物や社会の動きをたどり、時代の変化と人間の生き方を重ねて描く。

    免疫の意味論は、多田富雄の作風と主題が凝縮された受賞作品です。

    ノンフィクション歴史人物
  1. 受賞作: 独酌余滴

    『2000』は作者による受賞作。作品名が示す主題を軸に、人物や時代の感触を読ませる。

    『2000』は、受賞作として読み継がれる作品です。

    文学賞受賞作人間関係時代の感触
小林秀雄賞 1回登壇
  1. 受賞作: 寡黙なる巨人

    『寡黙なる巨人』は、多田富雄による小林秀雄賞の受賞作。

    『寡黙なる巨人』は、多田富雄による小林秀雄賞の受賞作。

    248ページ
    社会と記憶

作品

代表作

免疫の意味論

1993年 随筆・科学エッセイ

免疫学者としての視点から「免疫」と「自己」を哲学的に考察した随筆。科学と人間性の結びつきを論じる。

免疫自己と非自己科学と人間性

生命の意味論

1997年 随筆・哲学

生命の意義や生と死について、科学的知見と詩的思索とを交えて論じた作品集。

生命論死生観科学と詩

独酌余滴

1999年 随筆

日常や科学、文化についての随想を収めたエッセイ集。平易な語りで幅広い話題を扱う。

日常科学と文化回想

寡黙なる巨人

2007年 随筆・評伝的エッセイ

人物論や回顧を交えたエッセイ。人物評伝的な要素を持ちつつ、社会や科学への眼差しを示す。

人物論回顧科学と社会

全著作

  • イタリアの旅から-科学者による美術紀行
  • 免疫の意味論
  • ビルマの鳥の木
  • 生命の意味論
  • 独酌余滴
  • 私のガラクタ美術館
  • 脳の中の能舞台
  • 寡黙なる巨人
  • わたしのリハビリ闘争

作風・主題

文体
科学的知見を土台にした随筆的語り平明で率直な語り口詩的表現を交えた思索
頻出モチーフ
免疫と自己生命と死能・伝統芸能回想と人間論

健康

  • 脳梗塞(2001年発症)
    2001-2010
    声を失い、右半身不随となったが執筆活動は継続した。
  • 前立腺癌(死因)
    2010
    癌性胸膜炎により2010年に死去した。

評価・遺産

免疫学者としての学術的貢献と、科学と人文を橋渡しする随筆活動により、学界と一般読者双方に影響を与えた。能の創作やリハビリ権利をめぐる言論活動でも知られる。

関連学会

  • 自然科学とリベラル・アーツを統合する会(設立者・代表)

引用

  • リハビリ患者を見捨てて寝たきりにする制度であり、平和な社会の否定である
    出典: わたしのリハビリ闘争(青土社、2007年) (2007年)

豆知識

  • 能の作者として謡曲や新作能の創作を行い、小鼓を打つこともあった。
  • 2001年に脳梗塞を発症し、声を失ったが執筆を続けた。
  • 妻の多田式江は医師である。