作品情報
幽閉の歳月を耐え抜く女の誇りと哀しみを、鮮烈な筆で描く。
政争に巻き込まれた一族の運命を背景に、長い幽閉生活を生きる婉の孤独、恋、誇りを描いた代表作。講談社文庫版は姉妹編「正妻」を併せ、野中兼山をめぐる女性たちの生を対照的に読ませる構成になっている。
レビュー要約
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歴史上の悲劇を、政治の説明に寄せすぎず、ひとりの女性の内面から描く力が高く受け止められている。凛とした人物像と、抑えた文章に宿る痛みを印象に残す読者が多い。
書籍情報
- 出版社
- 講談社
- 発売日
- 1972-01-01
- ページ数
- 330ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784061310742
- ISBN-10
- 4061310747
- 価格
- 1495 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
政争の犠牲となり4歳にして一族と共に幽囚の身となった野中兼山の娘婉。40年の後、赦免が彼女に訪れる……無慙な政治の中にほろびゆく愛する男たちの姿を眺める他ない、哀しくもつよい女のいのちを鮮麗に描いた名作。野間文芸賞、毎日出版文化賞受賞。兼山の妻市を主人公として姉妹編「正妻」を併せ収録。
レビュー
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「婉」という生き方
附録の髙橋英夫の言で、心に残る言葉がある。 「大原富枝はその習作時代まで含めてみれば六十年を超える歳月を文学の道上で すごしてきたが…質において、強く郷土志向感じさせる仕事をしてきた」。 これには強くうなづいた。大原(敬称略 以下同じ)の作品(僅かしか眼を通し ていないが)には確かに、「土の匂い」を感じる。 津田治子の生涯を描いた作品=「忍びてゆかな」でも、観念的になることはな く治子を表現者として、「どろくさい」とも言えるような書き方で、見事に描き きっている。評伝というものがいかに、その材料集めや資料の読み込みで、エネ ルギーを使うものか、それがはっきりと理解できた。 本作品でも、婉の父親のむごい死に方や一族へのあまりにも酷い仕打ち、婉は 何と四十年もの間、閉ざされた空間(牢舎と言ってもいいだろう)で生きなけれ ばならなかった。しかしそこにあるのは婉の持つ生への渇望と、過去をふり返り つつ生きていく、その婉の持つエネルギーを感じる。これは治子にも通ずる生き 方だろう。このような女性を描ききる、大原の手腕に驚かざるをえない。 粗筋は何ということもないし、決して長い作品でもない。父への迫害によって、 長年閉じ込められてきた境遇から解放される場面から始まる。その閉じ込めの原 因となった事件、父親の非業の死、到底納得のできない一族の悲運。 父親の生き方についても細かに記してあり、いささか煩雑にも感じるが、その まま素直に読むことができる文章になっている。 そして、「いまは軒も傾き、土台も朽ち、がらんとした破れ障子の朽ち果てたこ の幽獄に、八十一歳の母上、六十五歳の乳母のぶ、そして四十歳あまりの三人姉 妹が残る」。この無惨さからなおも果敢に生きようとする婉の姿。 婉がその生涯を生きた土佐の国の自然の描写。大原は故郷を表現する時には、 豊かな土佐の地が眼前に浮かび上がるような気がする。故郷を描くとき、大原が 紡ぐ文章は実に瑞々しい。 全てのことは婉の見た世間の様子や婉の心の動きを描写することによって、一 人称の小説として成り立っている。とめどなく湧き出てくる感情や、閉じ込めた 加害者とも言うべき藩の者への反感、女性としての生き方。生薬を作り売ること での世間との交わり、そして「先生」への隠しきれない儚い揺れ動く心。 「先生」は、「無慈悲な、残酷な人間の持つ思いやり、生きることの垢に塗れた 男…大きく人生に賭けることのできる男の、冒険の企み」、そんな人間であった。 過剰とも思えるこの表現は、大原の持つ感情の写しだろう。 禍々しい「死」の香が強烈に匂い立つ文章。何事につけ「罪」と、その「罪」 にあえぎ死んだ一族の者たちの息吹が感じられる。「皆が(遠くへ、あるいは死 して)去っていく」。 そして「わたくしはどこにも逃げてゆくことはしない。逃れていく他国は、わ たくしにはない。いや、わたくし自身がいまは全く、他国であった。どこに在ろ うと、わたくしはもういつも他国の他人者でしかない」。 絶望という強い感情ではなく、さりとて諦念という現在をそのまま受け入れる ものでもない、「孤独」そのものを感じる。 多分に観念的ととらえられることもあろうが、大原の綿密な取材と、史実に忠 実たらんとしたことが、この小説に息づいている。 最後のページ、最後の文章は、読むのが辛いほどだった。 1960年(昭和35年)は発表されたこの作品には、今なお「新しい小説」 として読み継がれていく、そんな「何か」がある。 おすすめです。
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女の芯の強さが強烈に伝わる
苛酷な人生を強要された女性が、誇りひとつを胸に自律的に生きた姿を、いい文章で綴っている。 わずか4歳の時、父の罪なき罪で40年間幽閉された女が、兄から四書五経を学びつつ、自分のアイデンティティーをどう守って生きたか。 竹矢来の内側に40年いて、初めて世の中というものに出て行き「川」を見たときの感銘が美しい文章で表現されていた。 閉塞状況の中で、谷秦山という学者に、運命的な恋心を抱く。 最後までプライドを捨てることなく、66歳の生涯を歩んだ婉という女から、現代人はいろいろなことが学べると思う。
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婉という女/正妻、+日陰の姉妹
失脚した土佐藩執政、野中兼山(良継)の娘たちと正妻の物語をまとめた本。 因みに「日陰の姉妹」は、著者の高知訪問記をも含んだ短編。 著者の作品は「建礼門院右京大夫」以来ですが、この中では「正妻」が一番読み応えがあった。 兼山と市の夫婦関係が明かされ、「婉〜」で得た疑問に答える内容だったからだ。 「婉〜」では故人だった兼山がこちらでは精力的に動いていて、イメージが掴みやすかったのもある。 また柔らかい強さを持つ市さんに比べ、婉さんの堅い強さがちょっと怖かった部分もある。 それは兼山の血のあるなしか、対象から与えられるものの違いかも知れないが…。 「婉〜」は当初抱いたイメージとは違うものの、読み進む内にほぼ予想通りの展開を踏む。 「日陰の姉妹」はその後の方が気になりました。
関連する文学賞
- 野間文芸賞 第13回(1960年) ・受賞
- 毎日出版文化賞 第14回(1960年) ・受賞