日本の文学賞

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百年泥

芥川龍之介賞

百年泥

石井遊佳

南インドのチェンナイで日本語を教える〈私〉が、百年に一度の洪水で氾濫した川の向こう岸へ向かう短い道のりで、泥と記憶にまつわる超現実的な出来事に遭遇する。異国の日常と喪失が交差する新潮新人賞受賞作。

インド洪水記憶喪失日本語教師

作品情報

百年の泥はありとあらゆるものを呑み込んでいた。

第49回新潮新人賞受賞作。インド・チェンナイを舞台にした中篇で、のちに芥川賞も受賞した。2018年刊『百年泥』単行本に収録された。

書籍情報

出版社
新潮社
発売日
2018-01-24
ページ数
125ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784103515319
ISBN-10
4103515317
価格
1 JPY
カテゴリ
本/文学・評論

私はチェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭遇した。橋の下に逆巻く川の流れの泥から百年の記憶が蘇る! かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。流れゆくのは――あったかもしれない人生、群れみだれる人びと……

レビュー

  • 人魚姫に捧ぐ ファンタジーの競演『百年泥』

    読み終えてから本の帯の宣伝コピーに目をやると「洪水の泥から百年の記憶が蘇る。大阪生まれインド発、けったいな荒唐無稽 ―― 魔術的でリアルな新文学」とある。 作品はマジックリアリズムの旗手とされるガルシア=マルケスが残した代表作『百年の孤独』を想起させる。コピーライターは、この作品がマジックリアリズムの系譜に連なると同時にこれまでの文学にはない清新さも兼ね備えている点をPRしたかったのだろう。 百年に一度という大洪水によりインド南部の大都市チェンナイを覆った泥の中からは、いろいろなものが出てくる。たとえば、<EXPO'70>―という刻印のあるメモリアルコイン。元をたどればインド好きの日本人旅行者のリュックから盗賊が失敬したものということになっている。 コインのほかにもガラスケースに入った人魚のミイラが出てくる。大阪万博のコインはリアルなモノに違いないが、人魚のミイラはフェイクと考えるのが普通だ。しかし、この小説の主人公は「私の母親が人魚だったのだ」と語り、あたかも人魚がリアルな存在だと主張しているようでもある。 ともあれ、世紀の堆積物は多様性に満ちている。出土するのはモノだけではない。人間まで飛び出してくる。5歳ぐらいの男の子とか身長190センチ以上の長身の若い男とか。しかも、泥から出てきて息を吹き返す。この小説がマジックリアリズムにジャンル分けされる所以である。 マジックリアリズム(=magic realism) という語結合は、公然の秘密(=open secret)のような表現と同様の、一種の矛盾語法かと一瞬勘違いしそうになった。このような修辞的語法は一見相反する修飾語と被修飾語が逆に強く結びつくことで印象的な効果を生む。だから、ストーリーの荒唐無稽ぶりが目立つ文学作品に対しても、そのような修辞的表現を奉るほかないのか、と。 しかし、『百年泥』は要するにファンタジーである。 ボルヘスやガルシア=マルケスのおかけでマジックリアリズムは中南米の十八番というイメージが強いかもしれない。が、実際のところ古今東西の小説に見受けられる手法である。たとえば、鼻が独り歩きを始める物語『鼻』(ゴーゴリ作)を挙げるだけでも十分だろう。魔術的かつリアルな描写によって奇想天外のストーリーを紡ぎ出すゴーゴリはロシア語で作品を書くウクライナ人だ。 いや、わざわざゴーゴリを持ち出すまでもなく、魔術性の系譜は日本の昔話の中にも見られる。『竹取物語』や『桃太郎』は、そもそも人々の間で語られ始めた大昔には「けったい」かつ「荒唐無稽」の物語であったかもしれない。それこそ何百年にもわたり伝承され続けてきた結果、出色のファンタジーに結晶したと考えられる。 さて、ファンタジーである『百年泥』は『人魚姫』というファンタジーを内包している。未読の方の楽しみを奪ってはいけないので詳述は避けるが、芥川賞作家石井遊佳はインドと日本を舞台に児童文学の巨匠アンデルセンと見事なファンタジーの競演をした。 いうまでもなく筆者は『百年泥』を読み終えた後、ただちに『人魚姫』を手に取った。人魚伝説のストーリーはおぼろげながら記憶にあったが、完読したのはこれが初めてのような気がする。

  • 著者は摩訶不思議な問答無用な理不尽な、まるでSFの様な体験を読者に味わってもらいたいのかも(ネタバレ有)

    この物語はSFやファンタジーというより、著者(=主人公)がインド・チェンナイ市で体験したカルチャーショックをユーモラス に心情描写した作品である。 超エリート社員なのに精神年齢は結構低いものだったり、百年かけて蓄積したものを一瞬にしてご破算にしてしまうアダイヤール 川の洪水だったり。混沌としたインド、何でもありの異文化に接した主人公の驚きや戸惑いをIT企業社員への日本語教育という話を 軸に進む。著者独特のお茶目な文章で描写したり、問答無用とばかりに突然挿話を挟んでみたり、また百年泥の山の中から人間が出 てきたり・・等々、読者を理解不能のパニックに陥れ頭の中を混乱させる(えっ、これってSF小説なのって)。おそらく著者自身も これらと同様の混乱・驚愕を体験されたのだろうと推察する。翼を装着し飛行通勤しているシーンはまさにSF。インドの全てを包含 しているかのような百年泥には、自分が選択しなかった人生や果たせなかった夢が埋もれている。主人公の幼い頃の思い出までも含 まれているようだ。好みが分かれる作品である。

  • まるで漫画だ!

    小説を読む前に、作家の経歴をチェックする悪い癖が私にはある。東大の大学院で学んだ経歴から、難しい小説なんだろうかと、身構えてしまった。しかし、実際に読んでみると、まるで漫画のよう。 特権階級が飛翔通勤する様子など、思わず笑ってしまう。泥のなかから、懐かしい人が出てくる様子は、まさに漫画の一場面だ。東大の大学院で学ぶくらいの人でも、堅物ばかりではないようだ。 是非、漫画化して欲しい。子どもたちが見る夕方か、夜の早い時間帯にアニメで放送して欲しい。たぶん、アニメを見ているうちに、この小説世界の深いメッセージを子どもながらに、受け取ってくれるだろう。そういう子どもたちが大人になった時に、人生を深く考える成熟した人間になるのではないだろうか。

  • もう、言葉はいらない。

    前回の芥川賞の高橋弘希『送り火』があまりにも良かったので、その流れで今さらですがこの『百年泥』と『おらおらでひとりいぐも』、両方読みました。 個人的には物語り半ばのエピソードで、主人公の無口だった母との、言葉をかわさなくとも背中合わせで押し合いすれば気持ちが分かるというくだりがとても温かみがあり、それだけで『おらおらで〜』よりもこちらのほうが好きになりました。 あと、主人公の世界の見つめ方というか、語られなかった、しかし語られたかもしれない母の言葉と、実際に語られた言葉、そして、 生きられなかった、しかし生きられたかもしれない世界と現実の世界を等価に捉える見方は、さらりと語られているにも関わらず哲学的でとても面白かったです。 (主人公はこの世界と、有り得たかもしれない可能世界の両方を感覚的には同時に生きているのでしょうか?) 母の、あるいは多くの人々の語られなかった言葉/生きられなかった人生を河に見立てる詩的なセンスも素敵ですね。 言葉で書かれた小説のはずなのに、読み終えると、もう言葉はいらないと思えてしまう、タイトルとはむしろ反対に透明感のある作品だと思いました。 それから、新潮新人賞でデビューする作家さんは実力と個性を兼ね備えた、古典的というよりも正統的ながら少し先鋭的な作風の方が多いイメージがありますが(最近の芥川賞だけでも中村文則、田中慎弥、小山田浩子、上田岳弘、高橋弘希)、 この石井遊桂さんもまさしくそこに連なるユニークで型にはまらない個性派作家さんだと思います。 次作も楽しみですね。

  • 話題作なので購入した。

    すぐ読めた。良かった。

  • 寓意に富み、シニカルでユーモラスな文体。現代インドについての情報提供書という側面もあり

    インドと日本、あるいは過去と現在とを主人公の想念が行き来しながら、人間のこと、人生のことに思いを馳せる。非現実的な世界観の下、寓意に富み、シニカルで、ときにはユーモラスな筆致で物語は展開する。 インド社会について、さまざまなエピソードを交えて詳細に記述されていて、インドとはそういう国なのかと納得させられる。カーストと貧困、自由恋愛の制限などが世の中に蔓延していて、逸脱を許さない。そんな中、人々はめげることなく、どちらかと言えば明るく生きている。 物語は冒頭から終焉まで途切れることなく続いていて、しかも話があちこちへ飛び火するため、ややストーリーを追いにくい体裁である。随所に言い得て妙な表現も見られるが、一方で表現不足な箇所もあり、著者の文章力についての評価は難しいと感じた。 一番良かったのは、インド人の教え子が、幼少期のことや、母親が亡くなってガンジス川のほとりで遺体を火葬する際のエピソードを回想する場面である。この場面は文章も上手で、読んでいて感情移入させられる。著者は本当は文章を書くことが達者なのに、ここ以外はわざと話し言葉のようなくだけた文体で綴って爪を隠しているのではないかと思った。 近年の芥川賞受賞作は、寓話が多いように感じる。それが流行りなのだろうか。個人的には寓話はあまり好きではないため、この小説は現代インドの現実を述べた情報提供書という側面においてはおもしろいと感じた。

  • 芥川賞…?

    文章が……酷い……

  • チェンナイに行くときに読む本

    チェンナイの洪水対策を考える上で、ためになるかなと思って買って読んでみました。とても面白かったです。インド人ってそんな感じなのかな?って思えなくはないです。なんか共感できました。

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