作品情報
雪の階を上るように、戦前昭和の闇へ踏み込んでいく。
中央公論新社から刊行された長編小説。NDL 検索では記事が先に出るが、出版社・書店情報で単行本 ISBN を確認した。
レビュー要約
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受賞作としての着想や題材の明確さが評価されている。流通情報が限られる作品では、選評や書誌情報を中心に確認できる。
書籍情報
- 出版社
- 中央公論新社
- 発売日
- 2018-02-07
- ページ数
- 587ページ
- 言語
- 日本語
- サイズ
- 14 x 3.8 x 19.7 cm
- ISBN-13
- 9784120050466
- ISBN-10
- 4120050467
- 価格
- 2640 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論
昭和十年、秋。笹宮惟重伯爵を父に持ち、女子学習院高等科に通う惟佐子は、親友・宇田川寿子の心中事件に疑問を抱く。冨士の樹海で陸軍士官・久慈とともに遺体となって発見されたのだが、「できるだけはやく電話をしますね」という寿子の手による仙台消印の葉書が届いたのだ――。 富士で発見された寿子が、なぜ、仙台から葉書を出せたのか? この心中事件の謎を軸に、ドイツ人ピアニスト、探偵役を務める惟佐子の「おあいてさん」だった女カメラマンと新聞記者、軍人である惟佐子の兄・惟秀ら多彩な人物が登場し、物語のラスト、二・二六事件へと繋がっていく――。
1956年山形県生まれ。86年「地の鳥天の魚群」が『すばる』に掲載されデビュー。93年『ノヴァーリスの引用』で野間文芸新人賞、94年『石の来歴』で芥川賞、2009年『神器』で野間文芸賞、14年『東京自叙伝』で谷崎潤一郎賞を受賞。他の著書に『「吾輩は猫である」殺人事件』『グランド・ミステリー』『坊ちゃん忍者幕末見聞録』『シューマンの指』『ビビビ・ビ・バップ』など多数。12年より芥川賞選考委員。近畿大学教授を務める。
レビュー
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2・26事件につなげた作品
本を読み、奥日光に足を運んでみました。この本を読まなかったら、足を運ぶことは思いつかなかった。 本はたいへん力作です。少しごちゃごちゃしておりましたが、読み応えがありました。
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堪能
意匠を凝らした娯楽大作として、読む方もゆったり構えてページを繰ると、楽しめます。 作者のほかの長編に「鳥類学者のファンタジア」というのがあって、 私はこれが奥泉作品の中で一番好きなのですが、そういえば本作と同じ、女性が主人公でした。 作者の長編は、読み進むに従い小説内エントロピーが増大していき、最後は大団円、となりがちなのですが、 本作も「鳥類学者」もそうはなっていないのは、この、女性が主人公、というところがミソなのではないでしょうか。 女性の存在というのは、たとえそれが浮世離れした華族の令嬢でも、地に足の着いた職業婦人でも、 やはり現世にしっかと実在するものであります。 男性のように、存在というよりもむしろ現象としてそこにあるのでは、と思わせる(失礼、個人的な男性観です) 危うさがない。 それが小説にいい意味での抑制を与えているのだと思います。 これ、映画になると面白いだろうなぁ。 衣装も楽しめそうだし、ボーイズラブもあるし、さわやかな男女の恋もある。 製作費かかりそうだけど、どなたか名乗り上げてくださいませ。 あ、そういえば、この作品は三人称複視点。わたしこれ、大好き。 浅田次郎氏の「高く長い壁」もそうですね。 ただ浅田氏の場合は読んでいて、あれ、これ誰の視点で書いてるんだっけ、という立ち止まっての確認が数か所ありましたが、 奥泉氏の本作では、視点の問題を考えなくてもいいくらい自然にスラスラ読み進めました。
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楽しめたが・・・ 変です
主人公の伯爵令嬢が男性を誘う手紙の「難波江の葦のかりねにつかまって・・」を読むまでは楽しめた ”つかまって”ってなに? 手紙を読んだ木島が、惟佐子がわざと拙い表現をしていると思った、つまりブリッ子していると感じた、というのだが・・・ 同じ華族階級で10歳も年上の男に対して可愛くみせる必要など無いと思われるし、描写されている主人公の性格を考えると”つかまって”という奇妙な表現など絶対しないと思う 変だなと思ったことがもう一つある 惟佐子の兄を紅玉院の清漣尼と引き合わせたのは誰か? 重要なことだと思うが、これがどこにも書かれていない 一度読み終えてなぜかモヤモヤが残り、後半だけを二度読んでこのことに気がつき 確かめるために三度読んだ 惟秀が伯父の白雉とヨーロッパで会った際に惟秀の双子の妹である清漣尼のことを聞いたのか? そうだとすると、父親の笹宮伯爵も双子で生まれた娘(惟佐子の姉)の存在を知らなかったのに、なぜ伯父は知っていたのか? 清漣尼をこっそり隠した笹宮伯爵の母親藤乃は、白雉の妹(惟秀、惟佐子の母)の姑であり、白雉は藤野が完璧に隠した惟秀の(双子の)妹の存在を知る立場にないと思われるのに、どのようにして伯父は清漣尼の存在と居場所を知ったのか? 清漣尼は伯父の白雉を知っているのだから、伯父が清漣尼の存在を探り出したのだろうが これに関する記述が全く無い それとも友人で部下の槇岡によって清漣尼と引き合わされたのか? 惟佐子が受け取った槇岡の手紙には、子供の頃から紅玉院へ出かけていた、と書かれていたから、それが真実だと 仮定すると(槇岡の手紙には後に明らかになる虚偽が書かれていた)槇岡の仲介だったことになるが・・・ 伯父の白雉と槇岡とルートは二つあったことも考えられるが、全く記述がないのはどうしてか? 惟佐子が2.26事件に巻き込まれ自身も家族も破滅するのを回避した方法は、これしかない!というもので 秀逸だが、重要な記述がスッポリ抜けてしまって何とも気抜けした ☆2つにしようかとも思ったが睡眠薬で惟秀を眠らせたアイディアに敬意を表して☆3つにした
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驚くべき大傑作、絶賛の他はない
この大冊の推理小説に、まったくムダなところが無く、描かれたそれぞれにユニークな人物の誰もが、見事に描かれた背景から立ち上がってくる様は、ロジックだけの単なる謎解きの推理小説をはるかに超える。その証拠に、現存のどの映画監督もこの傑作を映画に出来ないと思われる(もしかしたら故市川崑なら出来るかもしれない)。これは推理小説というより、推理小説の形をとった最近珍しい、雄渾の文学である。とくにヒロインの笹宮惟佐子は終始一貫、これまでの文学にも現れたことのない、魅力を示してくれる。しかもこの小説の結末は、作中より伏線が張られていた歴史的事実まで、巧みに踏まえられている。それは単なる小説の「背景」ではなく、この小説全体を見事に包み込む「時代」という大きな背景である。この一語一句を大切にした彫心鏤骨の文章は、亡き三島由紀夫をしても感嘆させ羨望させすらしたに違いないと、確信を持って言える。書きっぱなしのネット・メッセージのような、文体不在の、最近の小説(最近の芥川賞受賞作のほとんどが、某お笑い芸人の駄作を初め読むに堪えない愚作である)に飽き飽きしていた私には、最近稀に見る読み応え十分の大作にして傑作だった。これはもう一度読み直して、更なる味わいを味わうべき作者生涯の代表作になるはずの大傑作である。私にとっては本作はこの作者の初めての作品で、この作者の他の作品を読んで、もしかしたらこの作者への讃仰が落胆に変わるのではないかと、恐れてすらいる。三島でさえ駄作がないわけではないのだから。
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物語を持ちこたえられない長さ
途中までは何とか面白く読み進んだのですが、人物の造形がどれをとっても中途半端かつ細切れなので、だんだん退屈に。紅玉院の庵主も、伏線は張られているけれど、いざ登場してみるとあまりのインパクトのなさにため息が出ました。更に訳が分からないのは笹宮惟佐子。この美女が途中から途方もない男性漁りを始めることにも、まったく必然性がない。もう一つ、事件を追う女性カメラマンとその恋人も、テレビドラマの登場人物の定型にはまって、陳腐でした。何百ページを費やすだけのミステリーなのかと、心底拍子抜けというのが、読後感です。
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伝奇小説のようでいて、そこに突っ走らず、奥泉節が堪能できる
時は2.26事件の直前。 貴族の娘と陸軍士官の無理心中死体が青木ヶ原で発見される。 そこから、天皇機関説と国体明徴運動をめぐるきな臭い動きとからめつつ、日本に伝統的に住み着いた「神人」と、大陸から渡来した「獣人」との対立というオカルト的な話がかさなっていく。 こう書くと伝奇小説のようだが、実際は、『戦艦樫原殺人事件』や『鳥類学者のファンタジア』のようには話は進んでいかず、最終的には現実的な推移の中に回収されていくというのが、奥泉にしては珍しい。 が、十分に奥泉節も堪能できて、ぼく的には満足の一冊である。
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どんどん引き込まれます
読んでいる間ずっと、昭和初期にタイムスリップしたようでした。 雪の、という題名がつきながら、そこにたどり着くまでの色彩の豊かなこと。 町の様子から着るもの、建物、だけでなく現代とは決定的に違う身分階層の彩りまでを 文章のあちこちから感じられました。 私自身昭和初期にそれほど興味がある訳でもないのに、いろいろな装飾と巧みなミステリーの仕掛けにどんどん引き込まれ、 終わってみれば、大戦前の歴史に最もひかれるようになっていました。 クライマックスで226事件に結びつくところでは、 内外どこから見ても右寄りになってきている日本の現状に警鐘を鳴らしているように思えました。
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残念。次作に期待。
タイトルと書き出し、厚みと装幀に惹かれて、出てすぐに購入。前半は、中々のもので上質のミステリーといった趣。ところが半ばから首をかしげるようになり、読み進めるに従って失望感に覆われ、ああ、やはり新刊には手を出してはならないと自戒。この長さで緊張感を持って書ききるには相当の力量が必要なのだ。毎日出版文化賞受賞と知って唖然とした。この賞も地に落ちたものだと思う。林真理子氏が三島の豊饒の海を引き合いに出して絶賛していたが、三島が春の雪、奔馬と天才ぶりを発揮したあと、息切れして暁の寺、天人五衰と駄作に向かって転げ落ちたのと、奇しくも似かよっている。
関連する文学賞
- 毎日出版文化賞 第72回(2018年) ・受賞
- 柴田錬三郎賞 第31回(2018年) ・受賞