日本の文学賞

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川崎 洋

かわさき ひろし

Kawasaki Hiroshi

プロフィール

性別
男性
生誕
1930-01-26 (東京都)
死没
2004-10-21 74歳
国籍
日本
言語
日本語
居住地歴
東京都 → 神奈川県横須賀市(戦後の勤務先) → 福岡県八女市(疎開)

経歴

職業
詩人, 放送作家, 作詞家, 童話・児童文学作家, エッセイスト
活動期間
1948年〜2004年
影響を受けた人物
茨木のり子, 谷川俊太郎, 大岡信
影響を与えた人物

学歴

西南学院専門学校(現・西南学院大学)
英文科(中退) / 英文科
期間: 1949-1951
国: 日本
1951年に中退
福岡県立八女中学校(現・福岡県立八女高等学校)
国: 日本

受賞歴

芸術選奨文部大臣賞(放送部門)
1970
対象作品: ジャンボ・アフリカ(ラジオドラマ 脚本)
部門: 放送部門
主催: 文化庁(1970年当時の授与行政機関)
結果: 受賞
紫綬褒章
1997
主催: 日本政府
結果: 受章
文化庁芸術祭賞(奨励賞)
1957
対象作品: 魚と走る時(詩劇)
主催: 文化庁
結果: 受賞(奨励賞)
文化庁芸術祭賞(奨励賞)
1966
対象作品: 魚と走る時 ほか
主催: 文化庁
結果: 受賞(奨励賞)
旺文社児童文学賞
1979
対象作品: ぼうしをかぶったオニの子
主催: 旺文社
結果: 受賞
無限賞
1980
対象作品: 食物小屋
主催: 無限賞 授与団体(詳細不明)
結果: 受賞
高見順賞
1987
対象作品: ビスケットの空カン
主催: 高見順賞選考委員会
結果: 受賞
藤村記念歴程賞
1998
主催: 藤村記念歴程賞実行委員会
結果: 受賞
神奈川文化賞
2000
主催: 神奈川県
結果: 受賞

受賞・候補エディション

  1. 受賞作: ジャンボ・アフリカ

    『ジャンボ・アフリカ』は川崎洋による作品として知られる。

    川崎洋の受賞歴の中で記録される『ジャンボ・アフリカ』。

    受賞作作品
高見順賞 1回登壇
  1. 受賞作: ビスケットの空カン

    『ビスケットの空カン』は、川崎洋による詩歌作品で、高見順賞の受賞作です。

    『ビスケットの空カン』は、川崎洋の受賞歴を語るうえで欠かせない一作です。

    43ページ
    詩歌言葉抒情
  1. 受賞作: 『日本方言詩集』『自選自作朗読CD詩集』『かがやく日本語の悪態』『大人のための教科書の歌』

    方言、朗読、悪態、教科書の歌など、日本語の豊かな響きと生活感を詩人の視点からすくい上げた一連の作品です。

    方言、朗読、悪態、教科書の歌など、日本語の豊かな響きと生活感を詩人の視点からすくい上げた一連の作品です。

    日本語方言詩朗読言葉の生活感
萩原朔太郎賞 1回登壇
  1. 受賞作: 埴輪たち

    日本語の表情と向き合い続けた詩人が、表題作を含む二十五篇で、驚き、ユーモア、やさしさを伸びやかに表した詩集。観念に閉じず、言葉が生き物のように読者へ近づいてくる。

    日本語へのまなざしが、埴輪のように素朴で不思議な詩の姿を生む。

    109ページ
    現代詩日本語ユーモア

作品

代表作

はくちょう

1955年 詩集

初期詩集。叙情的な感性と明るい存在感が特徴。

自然叙情

魚と走る時

1958年 詩劇・ラジオドラマ

詩劇として発表され、ラジオ脚本としても知られる代表作の一つ。

生命共同体
映像化・舞台化
  • [ラジオドラマ] 魚と走る時 (1956)

ビスケットの空カン

1985年 詩集

子どもや日常をやさしく見つめる詩を集めた作品。

子ども日常言葉遊び

食物小屋

1980年 詩集

方言採集や地域のことばへの関心が反映された作品群の一冊。

方言郷土記憶

全著作

  • はくちよう(1955年)
  • 木の考え方(1964年)
  • 川崎洋詩集(1968年)
  • 魚と走る時(1958年、詩劇)
  • 食物小屋(1980年)
  • ビスケットの空カン(1985年)

翻案

  • コメットさん(歌曲化、1967年)
  • 魚と走る時(ラジオドラマ化)

作風・主題

文体
明るく親しみやすい叙情詩風日本語の響きや方言を生かす表現
頻出モチーフ
子ども動物方言・ことば

評価・遺産

戦後詩に独自の叙情性をもたらし、日本語の美しさを表現した詩人。ラジオ脚本や童話、歌曲の作詞など幅広い創作活動を通じて親しまれた。

大衆文化への影響

  • 詩のいくつかが歌曲化され、学校音楽や合唱で使用されている
  • NHK全国学校音楽コンクールの課題歌などで作詞を担当(複数回)

豆知識

  • 詩誌「櫂」を茨木のり子と共同で創刊した。
  • NHK全国学校音楽コンクールで4回作詞を担当した。
  • 全国の方言採集に力を注いだ。