日本の文学賞

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焼身

読売文学賞

焼身

宮内勝典

ベトナム僧の焼身抗議を想起させる主題を通じ、記憶、信仰、政治的暴力を見つめる長編小説。個人の身体をめぐる極限的な行為から、アジアと世界の精神史へ視野を広げます。

記憶信仰政治アジア

作品情報

焼身は、宮内勝典の作品世界を端的に伝える一作です。

ベトナム僧の焼身抗議を想起させる主題を通じ、記憶、信仰、政治的暴力を見つめる長編小説。個人の身体をめぐる極限的な行為から、アジアと世界の精神史へ視野を広げます。

書籍情報

出版社
集英社
発売日
2005-07-05
ページ数
272ページ
言語
日本語
ISBN-13
9784087747645
ISBN-10
4087747646
価格
3504 JPY
カテゴリ
本/文学・評論/文芸作品/日本文学

サイゴン街頭での焼身自殺。その謎を追う。 ベトナム戦争のさなか、一枚の写真が全世界に配信された。サイゴン街頭で炎に包まれた僧侶の姿。9.11に対する無力感のなかで「私」はベトナム行きを決意する。あの僧侶の真の姿を求めて。

レビュー

  • 焼身 宮内 勝典

    なぜその僧侶は焼身しなければならなかったか。心の複雑な遷移が詳しく書かれた優れた小説です。

  • 「人間の精神は、いかにして育まれるか」を気づかせてくれた一冊

    内容については、前述のレビューを書かれた方も書いていらっしゃるし、本編を楽しむ為の妨げになると思うのでここでは割愛させて頂く。 物質主義・拝金主義・事なかれ主義が地球上の人類にはびこり、押しつけの自由が蔓延する停滞状態の現代社会において、人間は個々としていかに取り組み、生きてゆけばよいか? そのような疑問に対しての「ひとつの方向性」を指し示すヒントが本書にはある。 今から本書を手にされる方々へ。 どうか上下左右・宗教・思想・人種・国家等の枠組みを外して、ひとりの人間として本書を読破して頂きたい。 人間の精神の、ひとつの極みがそこにはある。

  • 「信ずるに足るもの」を探して

    「信じるに足るものはありますか?」反戦デモを終えた後、若者から問われた筆者は絶句しつつ二人の人物をあげる。一人がガンジー、そしてもう一人がX師である。筆者がニューヨークで拾った新聞に載っていたX師の焼身自殺の写真。それに衝撃を受けたのだ。 40年後、気になっていたX師の軌跡をベトナムに訪ね歩く。しかし、筆者のほんとうに知りたい核心部分には、なかなかたどり着けない。執拗に探し歩くうちに、ベールをはぐように事実が明らかになってくる。X師とは、どのような人物なのか、仏教で焼身自殺は許されるのか、簡潔で静かな文章の中に、ときおり見せる筆者の情念が生々しい。

  • 人類としての、文学的たたかい

    いろいろな意味で高い値打ちのある作品。 アメリカが標榜する、インチキの世界平和。そして、それを否定する9.11のテロ。この二つの相克を軸に、世界で生きるに足る生き方と、信じるに足る精神を著者は求めていく。むろんアメリカ側には行かないし、テロを肯定するわけでもない。その2つを融合し超越するひとつの答えを、ベトナム戦争に抗議して焼身自殺を遂げた、ある仏教僧侶の思想のなかに求めていく。そこにアジアの精神を基調とした、西洋の価値観を超えていくものを探していく。 見事なのは、この焼身自殺をした仏教僧侶の生き様は、そのままアジアと西洋文化の融合・超越の、とてもリアルな価値観の象徴になっていることだ。というか、現実にそうだし、それを著者は発見したのだと言うべきか。 しかし、なにより特筆すべきなのは、著者があくまで「人間として」それを求めていること。つまり、そのアジアの精神を体現し「焼身自殺」をとげたナゾの僧侶の思想が、雲の上の仏教観念に凝り固まったものであってはいけない、ということを見抜いているところだ。なぜなら、その僧侶が「たんなる仏教観念に凝り固まっただけの愚直な僧侶」だとしたら、そこには世界の人類を救済する器をもった思想性は「ない」としているところ。この重要性はいくら強調してもしすぎることはない。 だから、著者の探求はあくまで厳しい。「性欲を持った、煩悩だらけの、よごれきった人間としての思想」を求め続ける。そのナゾの僧侶がいくら「ブッダの生まれ変わりだった」と言われても、まったく承知しない。この点にはとても共感した。つまり「たんなる高僧」では、この汚れた世界を救うだけの思想がない、と厳しいことを言っているわけだ。いや、むしろ、たんに宗教観念にとらわれただけの人物ならば、テロを起こした敬虔で狂信的なイスラム教徒と同格になってしまう。まったく同感だ。この点に関して、著者の探求はすさまじい。自分のナマの姿をさらしてでも、性欲にまみれた自分の本性をさらしてでも、おなじ本性をもった人間としての「ほんものの思想」を問い続ける。ナゾの僧侶に向かって。これを文学的な戦いと言わずして、なにが戦いなのか。しかもそれはリアルな世界の今をそのまま問うている。

  • 時空を飛んで焼身を語っている本

    私はヴェトナムに興味があり、ヴェトナム戦争時、アメリカ軍に抗議して焼身自殺を図ったお坊さんのことは聞いておりました。この「焼身」という本を読もうと思ったのは、書評に「エッセイ風に書いてある」と書いてあったので「それなら私も読めるかな」と気軽に手に取りましたが、なかなか読み進めるのが困難な本でした。著者の想いが時代を超えて行きつ戻りつしているのが大きな理由でしょうか。読んでいるうちに小説のように思えて「これは本当にエッセイなの?」と私の頭では混乱してしまいました。しかし、そんな事はだんだん読み進めていくうちに気にならなくなり、二日かけて読み終わりました。 著者は夫人を同行しての旅をしていますが、「焼身自殺をした僧侶探しの旅」を読む私にとっては、夫人の存在が一服の清涼剤のように感じられました。また様々なところにでてくる現代ヴェトナムの姿はヴェトナムの湿気・貧困・熱気を感じられ、悲しくも懐かしく感じました。 結果として焼身自殺した僧侶についての話は、衝撃的ではありましたが、何か作り物めいた感じがぬぐえないのも、読後の率直な感想です。全体を読み終わった後全く関連性は無いのですが、澁澤龍彦の「高丘親王航海記」をふと思い出しました。

  • 即売却

    すぐBOOK・OFFに売りにいきました。 なぜなら核心がうやむやだから

  • 読んだらすぐに売り飛ばしました

    昔の宮内さんの小説は、もっとおもしろかった! 読みながらかなりイライラしました どうしてこういう内容を長々と書き連ねるか? と 年代的にベトナム戦争にはそれ以降の世代にはついていけない深い思い入れがあると思う だけど、この取材の対象である僧侶に迫るのなら、政治ではなく仏教の本質を理解することのほうが重要だったのではないか 仏教的瞑想を経験せず、 瞑想によって僧侶の見ていた内的世界を理解しようとせず 足取りをたどったって、 知人の言葉を拾ったって、 なにもみえてこない 実際この本はなにも見えないまま終わる おそまつさにあっけにとられた 瞑想しながら死んでいく人がどれだけ仏教徒(日本の仏教とは違います)には多いかということや、 瞑想が肉体的痛みをときに消し去るほどのチカラをもっているということを 作者が知らないまま、最後まで書いてしまったのは 残念 ルポルタージュとしてもエッセーとしても、これまでの宮内作品のなかでいちばんバツ

  • 何ゆえこれが二つも賞をとるのか

    読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞受賞、の割にはどうってことない小説である。ヴェトナム戦争に抗議して焼身自殺した僧侶の話だが、私小説めいた体裁で、妻と一緒にヴェトナムへ行ったりして、仏教やらヴェトナム戦争についてやらの話が織り込まれる。で、それが何か? と言うほかない。宮内にはオカルトがあるのだが、ここではオカルトは抑えられている。それにしても、僧侶について知りたいならノンフィクションを読めばいいのだし、別にこういう小説を書いたっていいのだが、それで二つも賞をとるというのは、選考委員とどういう関係があるんでしょうか、とそっちのほうが「謎」となってしまうのである。

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