昭和短歌の精神史
昭和という時代を短歌の流れから読み解く評論。歌人たちの表現と社会の変化を結び、短歌が時代精神をどう受け止めたかをたどる。
作品情報
短歌は、昭和の精神を映すもう一つの歴史になる。
三枝昂之による短歌評論。作品と時代背景を往復しながら、昭和の文学精神を短歌の側から照らしている。
書籍情報
- 出版社
- 本阿弥書店
- 発売日
- 2005-07-01
- ページ数
- 522ページ
- 言語
- 日本語
- ISBN-13
- 9784776801740
- ISBN-10
- 4776801744
- 価格
- 735 JPY
- カテゴリ
- 本/文学・評論/詩歌/詩論
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レビュー
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三枝昂之氏の歌論に感動し、涙が溢れた!
本書の書名を『昭和短歌の精神史』としたのは著者が歌人の父親を見て育ったことにも関係するのかと私は勝手に想像しつつ読んでいたが、実は本書を読むのは三度目であり、その度にあらたな感動があり、若い人と短歌について話していたりする度に、つい、この本をあげたくなってしまうのである。若い人には文庫本がおすすめだが、私は今回も単行本を買った。 昭和という波乱の多い激動の時代に絞った理由は私の単純な想像をはるかに超えた著者の理由のあることも本書を読めば理解できる。 私が何度読み返しても感動するのは、著者の偏らない昭和という時代を生きて、その場を詠まずにはおられなかったであろう歌人たち、一人、ひとりへの著者がむける眼差しの公平さに思わず涙が込み上げてくるのだが、これは作歌されたその時代を深く理解しなければ書けないものであり、特に著者のように「自分の歌」の立場をしっかり確保されて現代歌壇の第一線で活躍されている方には、歌人としての意見もあると思うが、私的な感情を一切抑えて、ある意味では昭和の時代を生きなければならなかった先達の歌人たちへの鎮魂の史観とも読める最も誠実な詞集なのであると思う。
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本書は「一冊でいくつもの文学賞を受賞するなど目覚ましい注目を集めた」、記念碑的な書物である。永田和宏『 現代秀歌 』103頁。
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「短歌史」を学ぶのに最適!
「短歌史」について学びたいと思い購入。昭和短歌のほぼ全てのジャンルが掲載されており著者の大変な努力と功績に頭が垂れる思いがした。かなり専門的な内容まで踏み込んでいるため、「短歌初心者」には難解な箇所もあるが、繰り返し読めば読むほど短歌の面白さに嵌まっていくだろう。歴史的な価値も高く一家に一冊保存しておきたい。この内容でこの価格はむしろ安い。
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短歌から、戦前戦後の亀裂をうめる真摯なまなざしで読み解く昭和史
10年の歳月をかけた短歌史への著者の真摯な取組みに脱帽。 あとがきに、本書の動機を 昭和短歌の歩みをあるままに描きたい と。 そのために、 昭和の暮らしをていねいに詠み、時代を真摯に担った・・ 歌人たちの歌とその真摯を、時代背景を重ねながら 歌人の内面の軌跡として提示する という。 これは、 戦後に書かれた短歌史への反証であり果敢な挑戦状であり、 また、戦争の時代を誠実に担った人々への「六十年後の鎮魂の書」(著者いわく)でもです。 戦後の短歌史は占領期文化の尺度 (占領期文化は真摯で、戦争期は時代便乗という)で描かれ、 短歌作品のありのままの姿が失われている・・ その歪みを修正して短歌史を自然な形に、 組み立て直すという課題を歌人から託されている と取組みの姿勢を語る。 また、さらに 短歌史の記述には正解がない <あるがまま>の歴史を目指すことが大切・・ 私と異なる見解がでてきて・・ 史的風景を積み重ねて・・ 結果的に短歌と短歌史を豊かにする と、自己の解釈の限界と課題も示しています。 この短歌史を 戦前戦後の亀裂をうめるまなざしで読み解く昭和史として、 その時代に著者とともにタイムスリップして読みました。 この著者の取組み姿勢は、 膨大な資料に当たる書誌学的知的正直と歌人への共感にあり、 あらゆる学問のあり方にも通ずるのではないでしょうか。
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臣民だもの
「人間だもの」はあいだみつをですが、本書を読んでいて「天皇陛下万歳でいいぢやないか、国民だもの」と言いたくなった。 たしかに、英雄的な共産主義者や、高潔なヒューマニストが、邪悪で封建的なファシストと戦いましたというのは嘘なのだろう。しかし、だからといって、あの時代は衷心から協力していたじゃないか、恥じることはない、などと言われても困るのである。 「大東亜戦争」を鼓吹した作品の中にもリズムが生き生きしているものがある。これは事実だろう。だが、そこから、韻律の構造の解明へと進んでいかないのはなぜだろうか。著者のいう開戦時の名作二首が、読ませるとしたら、それはリズムの取り方だ。そこへ話を持っていくのならわかるが、そうではない。 「精神史」というタイトルも実は曲者である。ドイツ語のGeisesgeschichteのように、概念の歴史的変遷をたどったりするわけではない。昭和の戦前期は、自由律の歌人の活躍もあって、なぜ定型なのかということについて結構論議が交わされている。それが理論的にどうなったか。そして現実に作品に反映されているのかというようなことを考えるのならわかるが、そうではない。あくまでも「世相史」の中の名歌集成なのだ。 「進歩的」な歌人が戦時中に翼賛しているのを見つけ、それをほめそやすのもどうかと思う。なにしろ、検閲があった時代である。ペンは二重三重に屈折しているはずで、それを考えに入れずに言うのは、現代人の軽薄さではないだろうか。
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なんという創造性の欠如
膨大な資料に当たり、戦前から敗戦までの歌人の軌跡を追う労作。だが残念なことに著者自身に思索的創造性がないため、結果として事実を並べ揃えただけに終わっている。戦時中の歌人の軍国翼賛短歌を仕方がない状況だと追認してみたり、プロレタリア短歌をイデオロギーの名のもとに切り捨て、戦後の渡辺、木俣の著作を占領期文化と決めつけるといった荒唐無稽、言ってみれば自分に都合のよい手前勝手な結論を導いている。そこには確たる歴史観がなく「あるがままの歴史」を提示すると言っているが、とてもそのようなレベルのものではない。
関連する文学賞
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