芸術選奨文部科学大臣賞 げいじゅつせんしょう もんぶかがくだいじんしょう
第34回(1984年)
受賞者
13名ノモンハン事件を題材に、戦場の記憶と兵士たちの沈黙を見つめる作品。派手な戦記ではなく、過酷な体験が人の内側に残すものを静かに描く。
『静かなノモンハン』は、伊藤桂一の受賞作として、題名に込められた象徴から人間の記憶や感情を照らし出す。
『犬の時代』は、北村太郎の詩がもつ都市的な孤独、身体感覚、時代への違和を凝縮した詩集である。日常の硬い手触りと内面の揺れを抑制された言葉で捉え、戦後詩の流れの中で個の感覚を鋭く立ち上げる。
都市と身体のざらつきから、時代の孤独を掘り起こす詩集。
『保田與重郎』は、近代日本の批評家・保田與重郎の思想と文学的営為を、戦前から戦後にかけての知的状況の中で読み解く評伝的評論である。人物の魅力と危うさを併せて見つめ、保田の言葉が日本浪曼派や近代批判とどう結びついたかを検討する。
保田與重郎の思想と文学を、近代日本の精神史の中に置き直す評論。
『太夫さん、たぬき』は、俳優・山田五十鈴の舞台表現が受賞対象となった仕事である。物語を読む本ではなく、役の呼吸、声、所作によって人物の情感を立ち上げる上演作品として評価された。
山田五十鈴の演技が、人物の情感を舞台上で鮮やかに立ち上げた受賞作。
『東京裁判』は、極東国際軍事裁判の映像資料を軸に、戦後日本の出発点となった裁判を記録映画として構成した作品である。浦岡敬一は編集の仕事を通じ、膨大な記録映像を観客が歴史として受け止められる時間へ組み上げた。
戦後日本の原点を、記録映像の編集によって問い直す映画作品。
『光源氏の一生』は、藤井邦枝による舞踊・芸能上の仕事として、源氏物語の中心人物である光源氏の生涯を舞台表現へ移し替えた作品である。物語の筋を説明する本ではなく、古典文学の人物像を身体表現と構成で見せることに主眼がある。
源氏物語の人物像を、身体表現として舞台に移した芸能作品。
松山バレエ団の『ジゼル』は、古典バレエの名作を日本の舞台で磨き上げた上演作品である。清水哲太郎の演出・振付と森下洋子らの舞台表現により、愛、裏切り、赦し、魂の救済という物語を抒情的に描く。
古典バレエの悲恋を、日本の舞台表現として深めた松山バレエ団の代表的上演。
堀桂琴の『いろは歌』は、仮名書の伝統を踏まえながら独自の書風を示した書作品である。文字そのものの流れ、余白、筆勢によって、古典的な歌を視覚芸術として新たに立ち上げた。
仮名書の伝統と個性的な筆勢が、いろは歌を視覚の作品へ変える。
『GA DOCUMENT 8』は、現代建築の動向を写真、図面、解説で記録する建築誌シリーズの一冊である。磯崎新、リカルド・ボフィル、ハンス・ホラインらの仕事を取り上げ、建築作品を国際的な文脈で読み取れる資料性を備える。
現代建築の作品を、写真と図面で国際的に記録する建築資料。
『住吉詣』は、古典芸能や日本文化の記憶を踏まえ、住吉への参詣という題材を舞台・芸能表現として構成した作品である。受賞対象は書籍ではなく、空間、動き、語りを通じて古典的情趣を再現する仕事として扱う。
住吉への参詣を題材に、古典的な情趣を舞台上に構成した芸能作品。
名作をラジオ劇として届けるシリーズで、音声表現によって物語の人物、場面、余韻を立ち上げる仕事。文学作品を聴く体験へ移し替える演出性が評価対象となった。
『ラジオ名作劇場シリーズ』は、香西久の受賞作として、題名に込められた象徴から人間の記憶や感情を照らし出す。
『日本映画における外国映画の影響』は、日本映画が海外映画から物語、台詞、構図、演出法を受け取りながら自らの表現を形成していった過程をたどる比較映画史研究である。具体的な作品名と人名を索引化し、東西の映画表現がスクリーン上で交差した足跡を実証的に示す。
外国映画との接触から、日本映画の表現がどのように育ったかを追う大部の研究。
『太夫さん、たぬき』は、山田五十鈴が舞台で培った芸と人物造形を通じて、古典的な芸能の空気と人間味を観客へ届けた演劇・芸能上の仕事である。受賞対象は書籍ではなく上演・演技活動としての成果であり、舞台上の語り口、身のこなし、間合いが作品の中心になっている。
山田五十鈴の芸が、古典芸能の気配と人物の情を舞台上に結晶させた仕事。