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第13回(1957年) 受賞受賞作: 一葉の日記
『一葉の日記』は、和田芳恵による評論・ノンフィクション作品で、日本芸術院賞の1957-1回で受賞対象となった作品です。公開資料で確認できる範囲では、刊行形態や後年の収録状況を中心にたどれる作品です。
和田芳恵の『一葉の日記』は、受賞歴を通して現在も作品名をたどることができる一作です。
382ページ評論・ノンフィクション作品受賞作戦後文学
和田 芳恵
わだ よしえ
Wada Yoshie
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1906-04-06 (北海道山越郡長万部町)
- 死没
- 1977-10-05 (東京都大田区上池台) 71歳
- 国籍
- 日本
- 言語
- 日本語
- 居住地歴
- 北海道長万部町(出生地) → 千葉県市川市八幡(1935–1949) → 東京都大田区上池台(晩年)
経歴
- 職業
- 小説家, 編集者, 文芸評論家, 文学研究者, 大学教員
- 活動期間
- 1930年〜1977年
- 所属
- 新潮社, 大地書房, 日本小説社(創設者), 筑摩書房(共編等), 土浦短期大学(教授)
- 影響を受けた人物
- 樋口一葉
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| 中央大学 | 法学部 | 独法学科 | — | — | 日本 |
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1957 | 日本芸術院賞 | 一葉の日記 | — | 日本芸術院 | 受賞 |
| 1963 | 直木三十五賞 | 塵の中 | — | 直木三十五賞選考委員会 | 受賞 |
| 1975 | 読売文学賞 | 接木の台 | — | 読売新聞社 | 受賞 |
| 1977 | 日本文学大賞 | 暗い流れ | — | 日本文学大賞 | 受賞 |
| 1978 | 川端康成文学賞 | 雪女 | — | 川端康成文学賞選考委員会 | 受賞 |
受賞・候補エディション
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受賞作: 塵の中
吉原の遊女だった女性が、普通の幸せを求めて新しい家庭に入るものの、夫婦関係や連れ子との関係に苦しむ中篇を中心とする短編集。女の情念と生活のもどかしさを、私小説的な濃さで描く。
普通の幸せを求めるほど、咲子の前には生活の塵が積もっていく。
288ページ私小説女の情念吉原家庭
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第26回(1974年) 受賞受賞作: 接木の台
『接木の台』は、和田芳恵による文学作品。読売文学賞の受賞作として、作者の主題意識と文体の特徴を示す一作です。
接木の台は、読売文学賞で評価された和田芳恵の作品です。
317ページ文学小説受賞作
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第9回(1977年) 受賞受賞作: 暗い流れ
和田芳恵が幼少期から青年期までを北海道の原野を背景に描く自伝小説である。時代の出来事と個人の欲望、貧しさ、成長の痛みが淡々とした語りの中に沈んでいる。
北海道の原野を背景に、少年から青年へ向かう暗い時間をたどる。
303ページ自伝小説北海道青春欲望
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第5回(1978年) 受賞受賞作: 雪女
『雪女』は、和田芳恵による文学作品で、個人の経験と時代の空気を重ねながら、人間関係や社会の輪郭を描く作品である。受賞歴は、題材への向き合い方と文章の確かさが評価されたことを示している。
個人の記憶と時代の気配が重なり、静かな物語の輪郭をつくる。
文学記憶社会人間関係
作品
代表作
一葉の日記
1943年 伝記研究樋口一葉の資料・日記をまとめ、作品と生涯を考察した研究的著作。多数の注釈と解説を含む。
塵の中
1963年 小説戦前・戦後の市川・八幡地域の風景や生活を背景に、人々の暮らしと変化を描いた長編。
接木の台
1974年 小説高齢者の心情や人間関係を繊細に描いた作品。1975年に読売文学賞を受賞。
暗い流れ
1977年 小説晩年に発表された作品で、人間の孤独や内面の動きを描写し、1977年に日本文学大賞を受賞。
雪女
1978年 短編小説民話的モチーフを取り入れつつ、老いや性愛を題材にした短編。川端康成文学賞を受賞(1978年)。
全著作
- 樋口一葉
- 樋口一葉研究
- 一葉の日記
- 離愁記
- 塵の中
- 愛の民話
- 接木の台
- 抱寝
- 暗い流れ
- 雪女
- 和田芳恵全集(全5巻)
作風・主題
- 文体
- 私小説的叙述研究・評論的筆致伝記的・注釈的記述
- 頻出モチーフ
- 老人性愛記憶都市の日常
健康
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十二指腸潰瘍1977(晩年)1977年に出血多量により自宅で死去
評価・遺産
樋口一葉研究の成果をまとめた研究者としての評価と、私小説的要素を持つ小説家としての業績を併せ持つ。日本芸術院賞、直木賞、読売文学賞など主要な文学賞を受賞し、戦後日本文学研究と実作の両面で一定の地位を確立した。
豆知識
- 1949年から1952年にかけて、日本小説社の経営失敗により多額の負債を抱え失踪したことがある。
- 娘の陽子は詩人・吉岡実の妻である。
- 晩年には高齢者の性愛を題材にした短編などで注目された。
- 1966年より土浦短期大学で教授として日本文学を講じた。