野間文芸賞 のまぶんげいしょう
第14回(1961年)
受賞者
7名井上靖の『淀どの日記』は、浅井三姉妹の長女として生まれ、豊臣秀吉の側室となった茶々の生涯を描く歴史小説である。悪女像に収まりきらない一人の女性として、戦国の運命に翻弄される姿を追う。
戦国の権力のただ中で、茶々の孤独な声が日記のように響く。
藤枝静男の『凶徒津田三蔵』は、大津事件の実行者・津田三蔵を中心に、国家、天皇、愛国の観念を問い直す小説である。歴史上の事件を、制度と個人の心理が交差する場として描く。
事件の名を背負った男を通して、愛国という言葉の危うさが浮かび上がる。
吉行淳之介の『闇のなかの祝祭』は、男と女の関係をめぐる不安、欲望、虚無を描いた長編である。現実味の薄い祝祭感と暗い心理が絡み合い、吉行文学らしい官能と醒めた視線が並び立つ。
祝祭の気配は、闇の中で人間の孤独をいっそう濃くする。
大岡昇平の『花影』は、花柳界の女性をめぐる記憶と語りを通して、愛欲、死、文学的な作為を描く小説である。実在のモデルを思わせる人物像を、死者の語りに近い形式で浮かび上がらせる。
消えた女の面影が、語りの奥で花の影のように揺れる。
山本周五郎の『青べか物語』は、根戸川下流の漁師町に住み着いた語り手の目を通して、町の人びとの暮らしを描く自伝的な長編である。貧しさや猥雑さを含んだ生活が、温かさと哀しみを帯びて立ち上がる。
小さな青べか舟が、漁師町の人情と哀歓を運んでくる。
尾崎一雄の『まぼろしの記』は、老いと記憶、身辺の自然を見つめながら、人生の終盤に残る手触りを静かに描く中短篇である。淡々とした筆致の中に、喪失と受容の時間が流れる。
まぼろしのような記憶が、老いの日々に静かな輪郭を与える。
中谷孝雄の『梶井基次郎』は、同人誌「青空」をともにした著者が、夭折した作家・梶井基次郎の人と文学をたどる評伝である。近い距離にいた文学仲間の視線から、作品の背後にある気質と時代を描く。
友人の記憶から、梶井基次郎の文学と短い生涯が浮かび上がる。