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第45回(1961年) 受賞受賞作: 雁の寺
『雁の寺』は、禅寺で暮らす少年僧の孤独と、閉ざされた寺に渦巻く情念を描いた水上勉の代表作である。宗教的な静けさと人間の欲望がぶつかり、凄惨な結末へ向かう。
寺の静寂のなかで、孤独と情念がゆっくりと牙をむく。
352ページ禅寺孤独情念少年僧直木賞
水上 勉
みずかみ つとむ
Mizukami Tsutomu
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1919-03-08 (福井県大飯郡本郷村(現:おおい町))
- 死没
- 2004-09-08 (長野県東御市) 85歳
- 国籍
- 日本
- 言語
- 日本語
- 宗教
- 仏教(臨済宗)
- 居住地歴
- 福井県(出自) → 京都(少年期、寺院での修行) → 東京都(上京後の活動拠点) → 軽井沢(別荘) → 長野県東御市(晩年)
経歴
- 職業
- 小説家, 劇作家, 随筆家, 翻訳者
- 活動期間
- 1947年〜2004年
- 所属
- 日中文化交流協会(常務理事), 日本文芸家協会(理事), 若州一滴文庫(主宰)
- 所属団体
- 日本芸術院, 日本文芸家協会, 直木賞選考委員(1966年〜)・芥川賞選考委員(1985年〜1990年)
- 影響を受けた人物
- 宇野浩二, 松本清張
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| 立命館大学 | 文学部(国文科) | 国文学科 | — | 1937 - 中退 | 日本 |
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1961 | 日本探偵作家クラブ賞 | 海の牙 | — | 日本探偵作家クラブ | 受賞 |
| 1961 | 直木三十五賞 | 雁の寺 | — | 直木賞選考委員会 | 受賞 |
| 1965 | 文藝春秋読者賞 | 城 | — | 文藝春秋 | 受賞 |
| 1971 | 菊池寛賞 | 宇野浩二伝 | — | 菊池寛賞選考委員会 | 受賞 |
| 1973 | 吉川英治文学賞 | 北国の女の物語/兵卒の鬣 | — | 吉川英治文学賞委員会 | 受賞 |
| 1975 | 谷崎潤一郎賞 | 一休 | — | 谷崎潤一郎賞選考委員会 | 受賞 |
| 1977 | 川端康成文学賞 | 寺泊 | — | 川端康成賞選考委員会 | 受賞 |
| 1984 | 毎日芸術賞 | 良寛 | — | 毎日新聞社 | 受賞 |
| 1986 | 日本芸術院賞・恩賜賞 | — | — | 日本芸術院 | 受賞 |
| 1998 | 文化功労者 | — | — | 文化庁 | 顕彰 |
| 2002 | 親鸞賞 | 虚竹の笛 | — | 親鸞賞選考委員会 | 受賞 |
| 2004 | 旭日重光章 | — | — | 日本政府 | 授与(没時) |
受賞・候補エディション
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第14回(1961年) 受賞受賞作: 海の牙
水上勉の『海の牙』は、海辺の町と社会の暗部を背景に、事件の背後へ沈んでいく人間関係を描く長編推理小説である。社会派推理の色合いを持ちながら、土地の匂いと人間の痛みを濃く残す。
海の匂いの奥に、事件を生んだ社会のひずみが見えてくる。
286ページ社会派推理海辺の町人間関係戦後社会
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第25回(1971年) 受賞受賞作: 宇野浩二伝
『宇野浩二伝』は水上勉による作品で、1976年に中央公論社から図書として刊行された。
水上勉の受賞歴の中で記録される『宇野浩二伝』。
776ページ受賞作作品中央公論社
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第7回(1973年) 受賞受賞作: 兵卒の鬣
『兵卒の鬣』は、水上勉による文学作品。吉川英治文学賞の受賞作として、作者の主題意識と文体の特徴を示す一作です。
兵卒の鬣は、吉川英治文学賞で評価された水上勉の作品です。
文学小説受賞作
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第11回(1975年) 受賞受賞作: 一休
禅僧・一休を通じて、破戒と風狂、信仰と人間性を描いた水上勉の長編。歴史上の人物を、制度からはみ出す生身の存在として捉えた点が谷崎潤一郎賞で評価された。
破戒の僧の姿を借りて、人間の自由と孤独が問われる。
歴史小説禅一休破戒
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第4回(1977年) 受賞受賞作: 寺泊
越後の寺泊を訪れた語り手が、雪の町と人びとの姿を見つめる短篇である。良寛への関心を背景に、旅先で出会う土地の気配と人間の孤独を、水上勉らしい風土感で描く。
雪の寺泊で、旅の目が土地の孤独と人の営みをすくい取る。
寺泊雪旅風土
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第42回(1986年) 恩賜賞受賞作: 作家としての業績
水上勉の作家としての業績は、社会の周縁に置かれた人々、宗教、貧困、故郷の記憶を見つめ続けた長い創作活動に対する評価である。『雁の寺』『越前竹人形』『飢餓海峡』『良寛』など、叙情と社会性を兼ねた作品群が中心にある。
貧しさ、信仰、故郷の記憶を、長い作家生活の中で物語へ変えた。
作家業績社会派文学信仰故郷
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第2回(2002年) 受賞受賞作: 虚竹の笛
尺八の伝来をめぐり、虚竹禅師や一休の像を交えながら日中交流の歴史をたどる長編。楽器の音色を通して、信仰、漂泊、文化の往来を描く。
小さな竹の笛の音が、海を渡った人々の記憶を呼び起こす。
384ページ尺八禅日中交流歴史小説
作品
代表作
雁の寺
1961年 私小説・純文学・推理小説の要素を持つ長編禅寺での修行体験を素材に、人間の罪や宿命を深く掘り下げた自伝的長編。推理小説の体裁を取りつつ人間描写に重点を置く。
- [映画] 雁の寺 / 川島雄三 (1962)
飢餓海峡
1963年 社会派推理小説(長編)洞爺丸事故など実際の事件を背景に、社会問題と人間ドラマを織り込んだ大作推理小説。
- [映画] 飢餓海峡 / 内田吐夢 (1965)
- [テレビ] 飢餓海峡(ドラマ) (1968)
海の牙
1960年 社会派小説・推理要素水俣病(作中では架空の水潟病)を題材にした長編。公害と企業責任、被害者の苦しみを描く。
- [テレビ] 怒りの街(原作:海の牙) (1962)
越前竹人形
1963年 民話寄りの小説・創作民俗竹人形の伝統や地方の人々を描いた作品。竹細工を題材にした物語で映画化・舞台化もされた。
- [映画] 越前竹人形 / 吉村公三郎 (1963)
五番町夕霧楼
1963年 小説(歴史・人間ドラマ)金閣寺放火事件などを題材に、地方出身者の悲哀や情念を描いた作品。
- [映画] 五番町夕霧楼 / 田坂具隆 (1963)
ブンナよ、木からおりてこい
1972年 児童文学自然や生きものの生をやさしく考える童話。戯曲・アニメ化され国際的にも上演・上映された。
- [アニメ映画] ブンナよ、木からおりてこい(アニメ) (1986)
金閣炎上
1979年 歴史小説・事件小説金閣寺放火事件の犯人の生育と内面を追い、京都の美と底辺の人々の生活を描いた長編。
一休
1975年 伝記小説禅僧一休宗純を題材に、僧侶としての生涯と庶民への視点からその思想を描いた評伝的長篇。
全著作
- 雁の寺
- 霧と影
- 海の牙
- 飢餓海峡
- 越前竹人形
- 金閣炎上
- 一休
- 良寛
- ブンナよ、木からおりてこい
翻案
- 雁の寺(映画、1962)
- 飢餓海峡(映画、1965)
- 越前竹人形(映画、1963)
- 五番町夕霧楼(映画、1963)
- ブンナよ、木からおりてこい(アニメ映画、1986)
作家による翻訳
- 心中天網島(現代語訳)
- 日本霊異記(現代語訳)
- 平家物語(現代語訳)
作風・主題
- 文体
- 社会派推理と私小説が融合した叙情的で湿りのある文体仏教的・歴史的視点を取り入れた描写
- 頻出モチーフ
- 禅寺・僧侶の世界若狭や北陸など郷土の風景貧困と庶民の生活罪と贖罪
健康
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結核1938頃(満州滞在後に罹患)帰国して療養、以後の生活と執筆に影響を与えた。
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リューマチ(関節炎)1986頃〜右手の腫れや指の運動制限が生じ、万年筆による執筆が困難になった。竹細工や造形制作など別の実作活動の契機にもなった。
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心筋梗塞1989(入院・治療)集中治療や長期療養を経て、執筆方法を万年筆からワープロやMacへ転換。闘病体験は随筆にまとめられた。
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眼底出血・網膜剥離(左眼)・白内障(右眼)1999〜2000頃左眼の視力を著しく喪失し一時失明に近い状態に。音声入力やPCでの執筆を活用するようになった。
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肺炎(死因)2004-09-082004年に肺炎のため死去(85歳)。
評価・遺産
社会派推理から私小説的・伝記文学へと広がる独自の文業で、多くの映画化・ドラマ化を生み出した。地方の生活や禅の精神に根ざした叙情的な作風は「水上節」と称され、戦後文学における重要な位置を占める。
記念館・博物館
- 若州一滴文庫 福井県おおい町 1985年開館
- 一滴水記念館(生家の移築) 台湾・淡水(台北県/新北市) 2010年開館
関連学会
- 日本芸術院
- 日本文芸家協会
資料所蔵先
- 若州一滴文庫(蔵書・資料)
- 国立国会図書館など主要図書館所蔵
大衆文化への影響
- 多くの作品が映画・テレビドラマ化され、広く視聴者に知られるようになった。
- 『雁の寺』『飢餓海峡』『越前竹人形』などが代表的な映像化作品として知られる。
引用
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人間を描きたい。
出典: 発言/随筆(自作やインタビューより) -
誰を殺すかではなく、誰を生かさねばならぬかを考えるべきだ。
出典: 随筆『金閣と水俣』など所収の発言
豆知識
- 直木三十五賞受賞作『雁の寺』に由来して没日は帰雁忌と呼ばれる。
- 一時は月産1200枚の原稿をこなしたとされ、かつて『三十七の職業を持った男』と喧伝された。
- 越前竹人形の創作や竹紙の漉きといった実作活動を行い、人形劇団を主宰した。