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第11回(1961年) 受賞受賞作: 死の棘
夫の不実をきっかけに妻の精神が崩れ、夫婦の日常が責めと謝罪の果てしない時間へ変わっていく長編。私小説的な素材を極限まで掘り下げ、愛、罪、狂気、共生の苦しみを生々しく描く。
夫婦の絆が壊れながらなお離れられない時間を、凄絶な密度で描く。
624ページ夫婦罪責狂気私小説愛の苦しみ
島尾敏雄
しまお としお
Toshio Shimao
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1917-04-18 (神奈川県横浜市戸部3丁目18番地)
- 死没
- 1986-11-12 (鹿児島県鹿児島市) 69歳
- 国籍
- 日本
- 言語
- 日本語
- 宗教
- カトリック(ローマ・カトリック) 1956年受洗 (洗礼名: ペトロ)
- 居住地歴
- 神奈川県横浜市戸部 → 兵庫県神戸市 → 長崎県長崎市 → 福岡県福岡市 → 東京都江戸川区小岩 → 鹿児島県奄美市(名瀬) → 鹿児島県指宿市 → 神奈川県茅ヶ崎市 → 鹿児島県姶良郡加治木町 → 鹿児島市宇宿町
経歴
- 職業
- 小説家, 図書館長, 非常勤講師, 助教授, 大学教員
- 活動期間
- 1947年〜1986年
- 所属
- 日本芸術院, 新日本文学会, 同人誌『光耀』・『VIKING』などの文藝同人
- 所属団体
- 日本芸術院会員
- 影響を受けた人物
- ドストエフスキー, プーシキン, レールモントフ(ミハイル・レールモントフ), 矢山哲治, 立原道造, 保田與重郎, 伊東静雄
- 影響を与えた人物
- しまおまほ(孫、漫画家)
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| 九州帝国大学(現 九州大学) | 法文学部 | 文科(東洋史) | 文学士 | 1940–1943 | 日本 |
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1950 | 戦後文学賞 | 出孤島記 | — | 月曜書房(主催/受賞記録) | 受賞 |
| 1961 | 芸術選奨(文部省) | 死の棘 | 文芸 | 文部省(芸術選奨) | 受賞 |
| 1972 | 毎日出版文化賞 | 硝子障子のシルエット | — | 毎日新聞社(主催) | 受賞 |
| 1977 | 谷崎潤一郎賞 | 日の移ろい | — | 谷崎潤一郎賞選考委員会 | 受賞 |
| 1978 | 読売文学賞 | 死の棘 | — | 読売新聞社 | 受賞 |
| 1978 | 日本文学大賞 | 死の棘 | — | 日本文学大賞(運営委員会) | 受賞 |
| 1981 | 日本芸術院賞 | — | — | 日本芸術院 | 受賞 |
| 1983 | 川端康成文学賞 | 湾内の入江で | — | 川端康成文学賞選考委員会 | 受賞 |
| 1985 | 野間文芸賞 | 魚雷艇学生 | — | 野間文芸賞(野間文化財団) | 受賞 |
受賞・候補エディション
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第29回(1977年) 受賞受賞作: 死の棘
戦争体験を背負う作家と、夫の過去に傷ついた妻との生活を、息苦しいほど近い距離で描く私小説的長編。愛情、罪責、病、家族の時間が絡み合い、家庭の内部がそのまま精神の戦場になっていく。
愛と罪の記憶が、夫婦の生活を静かに、しかし深く蝕んでいく。
222ページ私小説夫婦罪責戦後精神の危機
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第13回(1977年) 受賞受賞作: 日の移ろい
島尾敏雄の私的な時間を刻む長編的随想・日記文学。日々の移り変わりを追いながら、記憶、夢、家族、戦後の時間が複雑に折り重なる。
移ろう日々の中に、戦後を生きる者の記憶と孤独がにじむ。
352ページ日記文学記憶戦後私的時間
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第10回(1978年) 受賞受賞作: 死の棘
『死の棘』は島尾敏雄による作品で、1978-1回の受賞作として位置づけられる。
『死の棘』は、島尾敏雄の表現と受賞当時の文学的関心を伝える作品である。
文学賞人物時代
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第10回(1983年) 受賞受賞作: 湾内の入江で
「湾内の入江で」は、kawabata-yasunari-literary-awardの受賞作として記録されている作品です。受賞情報をもとに作品単位の項目を作成し、単行本識別子は確認できる公開書誌で未確認のため空欄にしています。
湾内の入江で。受賞記録に残る作品として、関連する書誌確認の起点になる一作です。
受賞作日本文学書誌確認
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第38回(1985年) 受賞受賞作: 魚雷艇学生
魚雷艇学生は、島尾敏雄による受賞作です。人物や時代の手触りを軸に、題材の背景と登場人物の選択を落ち着いた筆致で描きます。
魚雷艇学生の世界へ読者を導く、受賞歴を持つ一作です。
184ページ受賞作時代と記憶人物描写
作品
代表作
単独旅行者
1947年 短篇小説集/小説戦後間もない時期に発表された短篇集。超現実主義的・私小説的要素を含む初期主要作品群を収める。
夢の中での日常
1948年 短篇小説集/シュールレアリスム超現実主義的な短篇群を収めた作品集。夢と悪夢が現実を侵食するイメージで知られる。
死の棘
1960年 長篇・自伝的私小説妻・島尾ミホの精神症状と介護生活を題材にした長年にわたる連作をまとめた代表作。家庭の地獄を記録的に描写し高い評価を得た。
- [映画] 死の棘 / 小栗康平 (Kōhei Oguri) (1990)
出発は遂に訪れず
1964年 小説(連作)旅や出発のモチーフを通じて内面の逃避や停滞を描く連作集。戦争体験の影と個人の不安を伴う作品群。
硝子障子のシルエット
1972年 短篇小説集葉篇小説と呼ばれる一連の短篇を集めた作品集。家庭や街の断片的光景を通じて存在の輪郭を描く。
日の移ろい
1976年 長篇/連作日常の移ろいを繊細に追った長篇。晩年の作風を示す重要作の一つ。
魚雷艇学生
1985年 戦記連作自身の海軍予備学生・震洋特攻隊体験を扱った連作。戦中体験の記述によって高く評価され、野間文芸賞などを受賞した。
全著作
- 単独旅行者
- 夢の中での日常
- 出孤島記
- 死の棘
- 島へ
- 出発は遂に訪れず
- 硝子障子のシルエット
- 日の移ろい
- 魚雷艇学生
翻案
- 『死の棘』映画化(監督:小栗康平、1990年)
- 『海辺の生と死』等で島尾作品の要素が脚本・原案に取り入れられる事例あり(2017年の映画など)
作風・主題
- 文体
- 私小説的自伝的手法超現実主義的イメージ記録性・日記体アヴァンギャルド
- 頻出モチーフ
- 夢と悪夢南島(奄美)・島の風景家庭と精神病戦争体験記憶とトラウマ
健康
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十二指腸潰瘍1960(春)数か月の入院、執筆活動に影響
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心臓病(晩年)1986(症状が顕在化)健康状態の悪化を招き、死去前の体調不良につながった
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脳内出血・出血性脳梗塞1986年11月入院後、3日間意識が戻らず死去
評価・遺産
島尾敏雄は戦後日本文学を代表する作家の一人であり、私小説的な家族の記録、戦争体験を題材にした作品、南島論的エッセイなど多彩な業績を残した。『死の棘』は代表作として批評的・映画的影響を及ぼし、国内の主要文学賞を多数受賞した。
記念館・博物館
- 埴谷・島尾記念文学資料館(埴谷雄高・島尾敏雄記念) 福島県南相馬市(小高区)
- 神戸文学館(関連資料所蔵) 兵庫県神戸市
- かごしま近代文学館(関連展示あり) 鹿児島県鹿児島市
関連学会
- 日本芸術院
- 新日本文学会
資料所蔵先
- 埴谷・島尾記念文学資料館(南相馬市)
- 晶文社(全集刊行)所蔵資料
大衆文化への影響
- 小栗康平監督による『死の棘』映画(1990年)— カンヌ国際映画祭 審査員グランプリ受賞
- 是枝裕和監督『海よりもまだ深く』(2016/2017公開)中に、架空の「島尾敏雄文学賞」が登場するなど、作品・作家名が文化作品で言及される例がある
豆知識
- 妻・島尾ミホの闘病記を元に『死の棘』を執筆した。
- 特攻隊(震洋)隊長としての体験を持ち、それが戦争関係作品群に反映されている。
- 孫に漫画家のしまおまほがいる。
- 『死の棘』の映画化(1990年、小栗康平監督)はカンヌで審査員グランプリを受賞した。
- 1956年にカトリックへ受洗(洗礼名:ペトロ)。