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第12回(1999年) 受賞受賞作: おぱらばん
『おぱらばん』は、堀江敏幸による小説・評論。受賞対象となった作品で、題名が示す人物、場所、記憶、社会的状況を軸に読ませる。
おぱらばんは、小説・評論としての輪郭と堀江敏幸の関心が重なる作品。
受賞作小説・評論現代文学
堀江敏幸
ほりえ としゆき
Toshiyuki Horie
プロフィール
- 性別
- 男性
- 生誕
- 1964-01-03 (岐阜県多治見市)
- 国籍
- 日本
- 言語
- 日本語
- 居住地歴
- 岐阜県多治見市 → フランス・パリ(留学) → 東京都(在住・勤務)
経歴
- 職業
- 小説家, フランス文学者, 大学教授
- 活動期間
- 1995年〜
- 所属
- 東京工業大学(講師), 明治大学(講師・理工学部教授), 早稲田大学文学学術院(教授), 早稲田大学短歌会(会長)
- 所属団体
- 小林秀雄賞(選考委員), 群像新人文学賞(選考委員), 野間文芸新人賞(選考委員), ちよだ文学賞(選考委員), Bunkamuraドゥマゴ文学賞(選考委員), 谷崎潤一郎賞(選考委員), 川端康成文学賞(選考委員), すばる文学賞(選考委員), 芥川龍之介賞(選考委員), 吉田秀和賞(選考委員)
- 影響を受けた人物
- ジャック・レダ, W・G・ゼーバルト, 平岡篤頼, 小島信夫, 須賀敦子
- 影響を与えた人物
- 朝井リョウ, カニササレアヤコ
学歴
| 学校 | 学部 | 学科 | 学位 | 期間 | 国 |
|---|---|---|---|---|---|
| 早稲田大学第一文学部 | 第一文学部 | フランス文学専修 | 学士 | — | 日本 |
| 東京大学大学院人文社会系研究科(文学) | 人文社会系研究科 | フランス文学専攻 | 修士(文学)、博士課程単位取得退学 | — | 日本 |
| パリ第3大学(ソルボンヌ・ヌーヴェル) | — | — | — | — | フランス |
受賞歴
| 年 | 賞名 | 対象作品 | 部門 | 主催 | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1999 | 三島由紀夫賞(第12回) | おぱらばん | — | 三島由紀夫賞選考委員会 | Winner |
| 2001 | 芥川龍之介賞(第124回) | 熊の敷石 | — | 芥川龍之介賞選考委員会 | Winner |
| 2003 | 川端康成文学賞(第29回) | スタンス・ドット | — | 川端康成文学賞選考委員会 | Winner |
| 2004 | 木山捷平文学賞(第8回) | 雪沼とその周辺 | — | 木山捷平文学賞実行委員会 | Winner |
| 2004 | 谷崎潤一郎賞(第40回) | 雪沼とその周辺 | — | 谷崎潤一郎賞選考委員会 | Winner |
| 2006 | 読売文学賞(第57回)小説賞 | 河岸忘日抄 | 小説賞 | 読売新聞社 | Winner |
| 2010 | 読売文学賞(第61回)随筆・紀行賞 | 正弦曲線 | 随筆・紀行賞 | 読売新聞社 | Winner |
| 2012 | 伊藤整文学賞(第23回) | なずな | — | 伊藤整文学賞選考委員会 | Winner |
| 2013 | 毎日書評賞(第11回) | 振り子で言葉を探るように | — | 毎日新聞社 | Winner |
| 2013 | 中日文化賞(第66回) | — | — | 中日新聞社 | Winner |
| 2016 | 野間文芸賞(第69回) | その姿の消し方 | — | 野間文化財団 | Winner |
受賞・候補エディション
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受賞作: 熊の敷石
フランス滞在の記憶と友人との再会を通して、移動、翻訳、過去の重なりを静かにたどる小説。柔らかな文体のなかに、異国で生きる感覚と喪失が沈んでいる。
『熊の敷石』は、堀江敏幸の作風が凝縮された受賞作。
165ページ純文学フランス記憶翻訳喪失
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第29回(2003年) 受賞受賞作: スタンス・ドット
『スタンス・ドット』は、堀江敏幸による小説作品。受賞時の評価対象として、題名が示す情景や人物の動きを軸に、短い形式の中にも時間の厚みを感じさせる作品である。
スタンス・ドットという題名が、作品の中心にある気配と緊張を端的に伝えている。
人物関係成長時代
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第40回(2004年) 受賞受賞作: 雪沼とその周辺
山あいの町・雪沼を舞台に、廃れゆく店や工場、そこに生きる人々の時間を描く連作小説。静かな場所の記憶を通して、人生の甘苦と手触りを浮かび上がらせる。
『雪沼とその周辺』は、堀江敏幸による作品の核を、読者に届く物語や思考として結晶させた一作である。
187ページ連作小説地方記憶時間
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第8回(2004年) 受賞受賞作: 雪沼とその周辺
雪沼という架空の町をめぐる連作短編集。土地に残る記憶、静かな生活、人物同士の距離を端正な文章で描く。
雪沼とその周辺は、雪沼という架空の町をめぐる連作短編集。
受賞作記憶人間関係
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第57回(2005年) 受賞受賞作: 河岸忘日抄
異国の河岸に係留された船で暮らす人物の時間を、静かな筆致でたどる長編小説。移動しない船の上で本を読み、訪問者と語り、日を忘れるように過ごす日々が、停滞の豊かさとして描かれます。
河岸忘日抄は、堀江敏幸の作品世界を端的に伝える一作です。
317ページ時間異国船孤独
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第23回(2012年) 受賞受賞作: なずな
四十代半ばの独身男性が、事情により生後間もない姪なずなを預かることになる長編小説。育児の不慣れさ、周囲の支え、幼い命の変化を静かに追い、父性と生活の時間を繊細に描く。
赤ん坊との暮らしが、男の時間と世界の見え方を少しずつ変えていく。
440ページ育児父性日常家族
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第69回(2016年) 受賞受賞作: その姿の消し方
『その姿の消し方』は、堀江敏幸が古い絵はがきに記された詩を手がかりに、見知らぬ詩人の痕跡をたどる長篇である。南仏、記憶、翻訳、詩の余白が静かに重なっていく。
一枚の絵はがきから、存在の痕跡と詩の余白をたどる。
174ページ詩絵はがきフランス記憶長篇小説
作品
代表作
郊外へ
1995年 随筆フランス留学中の体験を随筆風に綴った作品集。現地での観察や記憶を静謐な筆致で描く。
おぱらばん
1998年 短編/小説短篇集とも言える作品集。1999年に三島由紀夫賞を受賞した代表作群の一つ。
熊の敷石
2001年 短編/小説短編作品を集めた一作。日常の些末からさまざまな感情を掬い取る筆致が評価され、芥川賞受賞作となった。
雪沼とその周辺
2003年 小説/短篇集複数の短篇を通じて、土地と人間の関係、記憶の痕跡を描く作品集。谷崎賞や木山賞を受賞。
河岸忘日抄
2005年 小説都市と河岸の風景を織り込みながら日常を描いた長篇的要素を持つ作品。読売文学賞(小説賞)受賞作。
なずな
2011年 小説言葉の使い方と人間の関係を静かに描いた作品。伊藤整文学賞受賞作の一つ。
その姿の消し方
2016年 小説近年の代表作のひとつ。日常の中の喪失感や輪郭のぼやけを描き、野間文芸賞受賞。
全著作
- 郊外へ(1995年)
- おぱらばん(1998年)
- 子午線を求めて(2000年)
- 書かれる手(2000年)
- 熊の敷石(2001年)
- 回送電車(2001年)
- いつか王子駅で(2001年)
- ゼラニウム(2002年)
- 本の音(2002年)
- 雪沼とその周辺(2003年)
- 魔法の石板 ジョルジュ・ペロスの方へ(2003年)
- 一階でも二階でもない夜(2004年)
- 河岸忘日抄(2005年)
- もののはずみ(2005年)
- めぐらし屋(2007年)
- バン・マリーへの手紙(2007年)
- 未見坂(2008年)
- 彼女のいる背表紙(2009年)
- 正弦曲線(2009年)
- 象が踏んでも(2011年)
- なずな(2011年)
- 振り子で言葉を探るように(2012年)
- その姿の消し方(2016年)
- 音の糸(2017年)
- 坂を見あげて(2018年)
- オールドレンズの神のもとで(2018年)
- 傍らにいた人(2018年)
- 定形外郵便(2021年)
- 中継地にて(回送電車6)(2023年)
作家による翻訳
- エルヴェ・ギベール『赤い帽子の男』(翻訳)
- ミシェル・リオ『踏みはずし』(翻訳)
- ジャック・レダ『パリの廃墟』(翻訳)
- パトリック・モディアノ『八月の日曜日』(翻訳)
- フィリップ・ソレルス『神秘のモーツァルト』(翻訳)
- ロベール・ドアノー『不完全なレンズで 回想と肖像』(翻訳)
- マルグリット・ユルスナール『なにが? 永遠が』(解説・翻訳協力)
作風・主題
- 文体
- 静謐で観察的な筆致簡潔かつ緻密な描写随筆と小説の交錯
- 頻出モチーフ
- 日常の細部風景(都市・河岸・郊外)記憶と喪失移動・駅・電車
評価・遺産
堀江敏幸は、日常の細部を静謐な筆致で描く作家として現代日本文学で高い評価を受けている。教育者としても多くの若い作家を指導し、文学賞の選考委員としても長く活動している。
大衆文化への影響
- 2007年、作品『送り火』(『雪沼とその周辺』所収)が大学入試センター試験の国語に出題
引用
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小説とも随筆ともつかない――ただ自分の書きたい文章を綴る
出典: WASEDA ONLINE(読売新聞社)記事(アーカイブあり)
豆知識
- デビュー作は『郊外へ』(1995年)。
- 堀江ゼミの出身者に朝井リョウやカニササレアヤコがいる。
- 2007年、作品がセンター試験の国語問題に採用された際に試験監督として見守っていたというエピソードがある。